どうせ死ぬなら君の咳払いに殺されたい

小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】

最終曲

 曲が終わった。



 僕は水を飲んで、それから次の曲の準備をする。具体的に言うと、僕はギターのチューニングをする。



 これが最後である。



 もう終わりなのである。



 僕らが集まるのもこれで最後だし、最後に集まってこの空間を共に共有するのもこの曲が最後である。始まる頃には想像できなかった終わりだけど、寂寥がミネラルウオーターと共に染み続ける今なら、僕はたぶんずっと前に終わりを想像していたのだと思う。



 この曲の演奏時間はちょうど五分だ。つまり残された時間はこの五分間だけということになる。曲を演奏している時間は楽だと思う。決められた通りに僕らが選んだ曲を演奏すればいいのだから、楽だ。音が出ている間は楽しいんだ。自分の音と隣の音。合わせて作り上げた音がこの空間を満たして、それだけにしちゃって、ついでに空間のすべてを支配する。でもきっと終わってしまえばそのあとに訪れるのが静寂と




「じゃあ、片づけるか」




 の一言であることを僕は知っている。後ろの彼女も多分その時間を幾度となく経験しているはずで、でも僕ほど敏感に思ってはいないだろうな。目の前のこれから演奏する曲を考えて笑うだけなのだろう。今を生きるだけなんだろう。



 バスドラムの音が背中に叩き付けられ、その振動と胸に響いた音が僕を弱らせた。参ったな。もう聞けないとか考えるとホント、参っちゃうな。



 僕は紛らわせるようにカッティングする。C→D→G→Am……



「ねえ、これで最後だね」



 突然マイクに音声が入る。僕はもうそれだけで水をこぼしそうになる。水持ってないけど。



「うん、そうだね」



 僕はマイクを使えない。うるさいからさっきスイッチ切っちゃった。



「もう、ふたりしかいないんだね」

「そう、だね」

「ベースも、ソロギターも、ピアノもいなくなっちゃった。ヴォーカルにアコギ持たせた君とドラムを叩く私。もう、ふたりしかいない」



 「うん」と僕は、多分そう言葉を出したと思う。小さくて僕でさえ怪しい言葉だったから、正直分からない。だって、もうその時には泣いていたんじゃないかって思うんだ。



「じゃあ、リーダー。最後に我ら〝スズラン〟の最後の演奏を前に、一言お願いしますよ」

「一言?」

「そう。お言葉を」



 言葉って、何言えばいいんだろう。好きだったあのバンドは最後に何て言ったんだっけ。



 僕はマイクの電源を入れる。



「一言、か。……うん、じゃあ一言だけ」



 バスドラムが二回叩かれる。僕は合わせるようにその直後に言った。




「どうせ死ぬなら君の咳払いで殺されたいっ!」







 00:00:00


 開始


 00:00:01

 

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どうせ死ぬなら君の咳払いに殺されたい 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima

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