あるアイドルの死 【Episode:6】

〔6〕


 再び合田の部屋に戻り、俺はもう一度室内を見回す。鑑識が来る前なので断言はできないが、おそらく心臓をナイフのようなもので一突きされて殺されたのだろう。首にゴーグルが掛かっており、争った形跡もないし、真正面から一刺しだとすると、MEL空間にアクセスしている時に襲われた可能性もある。

 壁に貼ってあるポスターは、ララベルと同じような3Dのアニメのキャラクターで、緑色の髪が印象的なキャラクターだった。下の方にMintミントと印字されており、どうもそれが名前らしい。それだけじゃなく、合田のデスクにも同じキャラクターのフィギュアなどのグッズが多く並んでいる。


「ミント……か」


 警視庁に連絡をしていたリードが部屋に入ってきて、俺は彼を見やった。


「合田は、このミントというキャラクターに夢中だったようだ」

「Mint……確か、ララベルと同じく、電脳アイドルですね」

「なあ、このミントのID保持者は被害を受けていないんだよな?」

「ええ、ロブ盗難の被害はララベルだけですね」


 俺は遺体に触れないようにしながら、首に掛かっているゴーグルを操作する。


「ちょっと、兎羽野さん! 現場は保存しておかないと……」

「電犯の連中が来る前には、終わらせるし、見てのとおり手袋もしているぞ」


 それでも何か言い掛けるリードを無視して、ゴーグルのメモリカードに保存されている情報を念のために持ってきていたデータカードにコピーをする。ゴーグルの情報を全てコピーし、困ったような顔をしているリードを見やる。


「あんたは、電犯の連中が来るまで待機しているか?」

「え、ええ。捜査官と鑑識に発見時の説明をしないといけないので……」

「じゃあ、俺は車の中でメモリカードの内容をチェックしておく。さっきの子供のことも気になるしな」

「分かりました」


 車の鍵を受け取り、俺はアパートメントの側の駐車場へと向かう。助手席のシートを倒し、後部座席に置いておいたゴーグルにさきほどのコピーしたデータカードを挿入する。


「さて、頼むからウィリーのような悪趣味な空間はやめてくれよ……」


 俺は祈るように呟きながら、呼吸を整えて合田の構築した空間へとログインする。

 構築コーディングする空間というのは、本人の性格が出るというが、合田は几帳面な性格だったようだ。最初にアクセスしたゲート空間は、静謐な書斎だった。黒と白の市松模様の床と、部屋の真ん中には重厚な造りのデスクに革張りの椅子。壁に沿うように本棚と大きなモニターが設置されており、電子書籍などが几帳面に並んでいる。

 バンカーズランプの置かれたデスクの抽斗を開けようとするが、やはり鍵が掛かっている。俺は、道具箱にアクセスして、ピッキングキットを取り出す。


「久しぶりだから、腕が鈍ってないといいが……」


 俺はゆっくりと両手を揉むようにし、ピッキングツールを手に取る。耳を澄ませながら、鍵穴に二本のピンを差し込んで、ゆっくりと回す。決して乱暴にはせず、レディの反応を逃さず楽しませるように……昔、名うての鍵師から教えてもらった技法を反芻しながら中を探る。


「頼むよ、カワイコちゃん……俺のテクでイッてくれ……」


 鍵穴の音が変わり、俺は思わずニヤリとしながらピンを回す。カチリと微かな開錠の音がし、ピンを引き抜く。


「俺も中々のテクニシャンだな」


 自画自賛しつつ抽斗を開けると、やはりそこにはフォルダがいくつか収納してあった。目についたファイルを開けば、それはやはりミント関連のものばかりだった。

 ミントのライブ会場の設計図や、合田が作詞作曲したらしい歌……衣装などのデータがある。それだけでなく、ミントのファンクラブの情報もあった。


「合田もまた、ミントの管理者プロデューサーとして有名だったんだな……」


 そうなると、ララベルはライバルとなるわけで、わざわざライブ会場に乗り込んで、野次を飛ばしていたのも頷ける。

 メールボックスもあったので、中を確認するとご丁寧にミント関係のフォルダが造られており、その中には、同じくララベルの管理者プロデューサーやファンとのやり取りが残されていた。

 本文には『ミントちゃんの為に、ララベルを破壊する会を発足』だの『電脳アイドルはミントちゃんだけで十分! ララベルを蹴落とそう!』だのと、穏やかではない文言が並んでいる。


「まったく……アイドルフリークの気持ちは理解できんな」


 思わずため息交じりに呟きながら、合田と連絡をとっていた連中のメールアドレスなどの情報をピックアップする。この中に先程の子供に繋がる情報があればいいが……

 そろそろリードが戻って来る頃合いだろう。俺は一旦、書斎からログアウトをした。

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