公園少女

葦元狐雪

 僕は包丁を持って商店街を歩いている。が、誰も気づかないだろう。夕陽に照らされる看板、自転車、野良猫、楽しそうに話す女学生たち、肉屋の店主の横顔——通りは穏やかな喧騒に充ち満ちて、危険の様子はいっぺんもうかがえない。

 僕はそこを抜けて、住宅街を真っ直ぐに歩いた。すると、立派な庭付きの三階建てが見えた。屋上まである。

 たとえ人生が二度あっても買えそうにないな。

 そう思いながら、隣のボロアパートの前に着いた。

 105号室。

 僕の家だ。



 戸を開け、六畳の部屋に入ると、仰向けの女がのびのびと足を伸ばしくつろいでいた。家具の一切のないところに裸である。

 彼女を拾ったのはつい先日、近くの公園の草叢で発見した。既に虫の息だった。しばらく眺めていると、彼女は虚ろな目をこちらに向け、「ああ、よかった。あなたが私を解体してくださるのですね。ありがとう......」といたく緩慢な調子に言って息絶えたのだった。


 僕は押入れからいくつかの壺を取り出し、ぬるいフローリングに並べた。およそ人の臓器一個分の入るであろう小さな壺だ。次いで、包丁の刃先を裸の女の脇腹に当てた。力を込めてやると、案外すんなり呑まれた。


 淡々と臓物を摘出しては壷に収める作業。多量の血液に床は浸され、カーテンの合間を抜ける夕陽に照らして赤黒い。したたる汗を拭う腕さえ血に塗れている。

 ふと物音が聞こえた。隣人が帰ってきたらしい。が、かまわない。僕は作業を続けた。赤い手は包丁を何度も落としては拾った。脂が刃にまとい、作業をいちじるしく困難にさせた結果、いつのまにやら夜が部屋を配していた。肉を裂く音に電車の過ぎ行く音がときどき紛れる。

 僕は、最後の壺に肝臓をおさめた。

「ふう」

 血の海に寝転ぶ。生暖かい湯につかる感じで心地よい。何か重大な仕事をやり遂げた後みたいだ。


 このまま朝を待とうか。

 名状しがたい感情。爽快を保ちたい。とうに過ぎた生の黒い海に浮かぶ女の白皙に見惚れたらしい。僕の思考は止まった。


 午前五時を過ぎた折もおり、玄関の錠の落ちる音を聞いた。扉はゆっくりと開かれ、飛び込む朝日の中に女の形を見出した。

 これでようやく解放される。

 僕は次第に増す眠気の中でそう思った。




                  了

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公園少女 葦元狐雪 @ashimotokoyuki

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