第2話 Q.HIGH OR LOW? A.どちらでもありません

 年上か、年下か。

 男か、女か。


 幼馴染といっても、生まれの前後や性別により、力関係は変わってくるものだ。姉貴分の幼馴染に引っ張られたり、逆に妹分の幼馴染を引っ張ったり。あるいは同性で、一生友達だよと友情を誓い合ったり。


 本当にいろいろなのだ。


 幼馴染という言葉一つ。だが、その在り方は、生まれた時や性別によって多種多様な可能性を持っている。


 文献――コンプティークという――を読む限り、そういうものらしい。

 故に、俺とみゆきの幼馴染という関係は、非常にややっこしかった。


「幼馴染というだけで、一つの属性として確立することもできるらしいが」


「……幼馴染というだけでお嫁さんになれるの!?」


 雷を受けたような顔をするみゆき。

 わなわなと、彼女は手を振るわせると、俺の向かいの席で絶句した。


 これまで、数々の属性に取り組み、幼馴染の壁――親し過ぎて異性として見えないという現象らしい。これもコンプティーク調べ――を破壊しようと戦ってきた女戦士みゆき。

 そんな彼女からすれば、幼馴染が一つの属性であるということは、相当ショックだったようだ。


 実際、俺もショックだった。

 世の中には、ただ幼馴染というだけで、その女の子を守ってあげたくなり、場合によっては結婚したくなるのだという。


 もちろん、みゆきを守ってあげたいという気持ちがない訳ではない。

 ない訳ではないのだ。


 だが――。


「家族としての愛情と異性としての愛情が混在していて、その境界線のどちら側に自分が居るのか分からない。みゆきに抱く感情が、はっきりと異性として意識しているから来るものと、確信するだけの根拠がやはり欲しい」


「タカちゃん!! それはそれで、そう言ってくれて私は嬉しい!!」


「あたりまえだろ、みゆき!! お前は俺の――大切な幼馴染だ!!」


「……タカちゃん!!」


「……みゆき!!」


「タカちゃん!!」


「みゆき!!」


「「「そこまでノロケられるなら、立派に異性愛だよ!!」」」


 クラスメイトが無責任に言う。

 このクラスの連中は、俺たちが真剣に議論をしているというのに、ときどきこんな感じでちゃちゃを入れてくるから困る。当人同士の問題なのだから、放っておいてもらいたい。


 まぁ、それはそれとして。

 客観的に見て、俺たちの関係を表層だけで判断すれば、確かに異性愛に見えるかもしれない。しかし、俺とみゆきとの間には、彼らには見ることのできない、これまでに共に過ごした時間というものが存在している。


 その二人で過ごした周りに見えない時間は大きい。


 幼稚園の頃、おもらししてしょんべんたれと友達からからかわれた俺を、身を挺して守ってくれたみゆき。

 小学生の頃、おっとりした性格から男子によくからかわれ、スカートめくりのカモにされたみゆきを、スカートの門番として守った俺。

 中学生の頃、どうしても修学旅行で一緒に行きたい所――芸能の神が祀られている車折神社――があるとみゆきが言ってきかず、班のみんなに協力してもらって、二人だけで京都旅行をしたことだってあるのだ。


 そんな過去を無視して、恋人だ、お似合いのカップルだなどと――。

 誰が言えよう。


 断言する。


 俺たちはそんな薄っぺらい関係ではないのだ。

 いつも一緒にいるからと言って、その事実だけで二人の関係を片付けるのは失礼だと言っていいだろう。


 故に、俺は考えていた。


「……幼馴染にプラスアルファ、何か要素が必要なのかもしれない」


「……プラスアルファ」


 文献――コンプティーク――を開くと、俺はその中にある恋愛指南のページをみゆきに見せた。


 載っているのは、


 一人はお姉さん系の幼馴染。

 主人公の親友の姉であり、昔から主人公を遊んでくれた幼馴染だ。

 年上の貫禄という奴だろうか。妙に肉付きがよかった。


 もう一人は妹系の幼馴染。

 主人公にいつもべったりとついてきて、何かと構ってアピールをする娘。

 小動物を思わせるような、いささか小柄な体つきが、少し心配になる。


 そう。


 幼馴染は大きく二つに分類される。


HIGHとしうえ OR LOWとしした!!」


「……S.W.O.R.Dなるほど!!」


「そこがはっきりしないから、みゆき――お前はいまいち幼馴染っぽくないのだ!! 幼馴染の牙を持ちながら、使いこなすことができない!!」


「どっちかはっきりさせないといけないの!? タカちゃん!!」


「頼れるお姉さんか!! 保護愛溢れる妹か!! 選ばない限り、お前が幼馴染という属性を真に獲得することはできない!!」


 衝撃が走った。

 みゆきの背中に稲妻が走るのを俺ははっきりと見た。


 そんな残酷なことを彼女に告げなければいけないことが、俺も正直に言って心苦しくて仕方なかった。


 しかし、俺たちの関係をはっきりとさせるために必要なことだ。

 幼馴染の壁を越え――次のステップに進むため、避けて通れぬ話だった。そう、これを決めない限り、俺たちの関係は発展しないだろう。


「……どうしてもどちらかに決めなくちゃダメなの?」


「ダメだ」


「……今のままの、ただの幼馴染じゃいけないの?」


「その幼馴染を抜け出すために、俺たちはこうして苦しんでいるんじゃないか!! みゆき!! 今こそ、はっきりとさせる時なんだ!! お前は、年上系なのか、年下系なのか、そこのところを!!」


 分かった。

 そう言って、みゆきが真っ直ぐに俺を見た。


 覚悟を決めた顔だった。

 俺のよく知る顔だった。


「まず、年上系をやってみるね」


「……あぁ、頼む」


 すっと、みゆきが深呼吸して目を閉じる。演劇部でもないのに、彼女は自分の役に、すぐに入り込むことができる。今、彼女は――年上系幼馴染のイメージを胸に抱いて、それになりきろうとしていた。


 さぁ、見せてくれ、みゆき。

 お前の年上幼馴染可能性を。


「……タカ……」


「……タカ!?」


「……なんて呼べばいいんだろう?」


 みゆきが苦渋の表情をした。

 それは、いつも迷わずキャラクターを演じてみせる彼女が、初めて俺に見せた戸惑いの表情だった。

 なんと、呼べば、いいか、だって。


 そんなもの――。

 そんな、もの――。


「……なんて、呼べばいいんだ!?」


「分からない、分からないの、タカちゃん!! 私、タカちゃん以外の呼び方を、思いつかないの!! ううん、できないの!! どうしよう、タカちゃん!!」


「落ち着くんだみゆき!! 落ち着いて考えれば、きっと――」


「じゃあタカちゃんは、私をみゆき以外で呼ぶことができるの!?」


 それは――。


 頭の中をさまざまな呼称が駆け巡っていく。駆け巡り、明滅し、脳のシナプスを焦がして、俺の頭の中でみゆきのさまざまな呼び方が輝いた。


 しかし。

 けれども。

 しっくりくるのは――。


「考えられない!!」


 俺は絶叫した。

 どうしようもなくなって絶叫した。


 そんな俺にわかるよと追従するように――が頷いた。


「でしょう!!」


「みゆき以外の呼び方が、まったくしっくりこない!!」


「私もだよ、タカちゃん!!」


「……みゆき!!」


「……タカちゃん!!」


「みゆき!!」


「タカちゃん!!」


 年上でも、年下でも、どちらにもなることはできない。

 幼馴染みゆきはみゆきなのだ。


 俺は今さら、そんな大切なことを思い知らされた。

 そして――。


「やはり、幼馴染というだけで、結婚することは……」


「できないということだね……」


 俺たちは絶望した。

 幼馴染という厄介な二人の関係性に、あらためて絶望した。


「「「いや、なんでだよ!!」」」


 またクラスメイトたちが、表面的な所だけ見て怒った。

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