属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?

kattern

第1話 Q.ワンコ系女子ですか? A.どちらかといえば猫派です

 姉川みゆき。十六歳。

 県立三杉原高校普通科Bクラス。


 成績は中の上。

 体型は可もなく不可もない平均。

 どちらかといえば安産型。


 そして――極端に無個性。


 無口というほど喋らぬこともなく。

 愛想がいいというほど、とびぬけて人当たりがいいほうでもない。


 ツンデレなどには程遠く。

 かと言えモブと切り捨てるほど顔が描き込まれていない訳ではない。


 実に微妙な少女だ。


 そんなみゆきは俺の幼馴染。

 そして――そんな没個性からか、俺たちは幼馴染から発展できなかった。


 もうお前ら仲良いし付き合っちゃえばいいじゃんかYO。


 よく言われるが、付き合うトリガーがないのだから仕方がない。

 もちろんみゆきのことは好きだ。

 だが、何かしっくりこないのだ。


 みゆきが好きなのか好きじゃないのか。

 その辺りがはっきりしないのだ。


 なので、俺たちは日夜――どうすればみゆきのことを好きだとはっきり言えるか、はっきり言えるようになるのか、共同で検証に勤しんでいた。


 そして今日もまた、学校の昼休みを利用して俺たちは検証していた。


「……どう思う、タカちゃん」


「……うむ」


 みゆきは俺の席の前に座ると、持参した犬耳を頭につけた。こちらを曇りなき眼で真っ直ぐに見つめてくる。あまりに真っ直ぐ、一心にこちらを見るものだから、俺はみゆきが本当に犬ではないかと思ってしまった。


 犬だ、犬だ。

 お前はワンコになるのだ。


「……お手」


「ワン!!」


 俺が右手を差し出した。

 するとみゆきは、ごく自然にぽんと自分の手をそこに置いた。

 芸を仕込む暇はなかったはずだ。

 なのに、完璧なお手を繰り出した。


 役に入り込むことにかけてはみゆきは天才だ。演劇部でもなんでもないのに、俺が例示したキャラクターを、即座に――少なくとも一日準備するだけで――用意してくれる。


 この属性検証における、みゆきの献身は言葉にし難い。


 あるいは探求心。

 うまいこと言うと変身。

 姉川みゆきは驚くほどに、この俺たちの取り組みに積極的だった。


 しかし――。


「どう、タカちゃん、これで私をお嫁さんにするつもりになった?」


「……うぅむ」


 残念ながら、問題は彼方ではなく此方にあった。


 やはり――犬耳姿のみゆきを見てもピンとこないのだ。

 いや、下ネタとかではない。断じて、下ネタとかではない。


 単純に、あ、可愛い、しゅきぃ。

 そんなときめきが湧いてこない。

 心が動かないのだ。


 普通、そこそこ可愛い女の子が、犬耳つけて、上目遣いにこちらを覗き込んでいれば、多少なりとも感情を揺り動かされるものだろう。

 だというのに――まったくそういうのがないのだ。


 いつも通りなのだ。

 みゆきに対する認識が、やはり幼馴染からシフトしないのだ。

 だから、仕方ない――。


 声を大にして、みゆきを好きだと言うことができない。

 はがゆいけれど、こればかりはもうどうしようもない。


 俺はそっとみゆきの手を自分の手の上からどけた。


「……違った感じ?」


「あぁ。どうも、ワンコ系という訳ではないらしい」


「……そっか」


「あるいは、違う動物なら」


「……猫耳、うさ耳、角、翼、エルフ耳!! 準備はばっちりだよ!!」


「流石はみゆきだ準備がいい!!」


 鞄の中からいろいろと取り出して机の上に並べるみゆき。

 どうやら、この耳を昼休みを使って全部試すつもりらしい。


 机に並んだ時点では、これといってピンとくるものはない。

 だが、みゆきとこれらが合わさることにより、何か――俺の心の在り方が変わることがあるかもしれない。


 頭の犬耳を外す。

 そして猫耳を手にするみゆき。


 真剣な顔の彼女。


 どうしても俺のお嫁さんになりたい幼馴染みゆきに、俺は真剣に応えねばならない。俺も男だ。幼馴染がそれを望むのに、無下にすることはできない。

 真剣に、彼女が好きなのかどうなのか、幼馴染のままなのか、それ以上の関係に進むことができるのか。


 はっきりさせなければいけない。


「……ふむ」


「にゃんにゃん。どうだにゃん。タカちゃん萌えるかにゃん」


「……萌え、という概念がどういうものか、俺には今ひとつ分からない」


「そうかにゃん。にゃんにゃん」


「しかし、さっきよりはいい」


 犬よりは猫派。

 口をふにゃりと曲げて、鎌首をもたげた蛇のように手を造る。そんな手で顔を洗うように揺らすみゆきを見ながら、揺れぬ心で俺は答えた。さっきよりは、まちがいなくかわいい。


 だが、かわいい、それだけだ。

 超、かわいい、それだけだ。

 みゆきはかわいい。

 だからいつも通りだ。


「……きゅんきゅんしないにゃん?」


「しないにゃん」


「……そうかにゃん。猫じゃないにゃん。残念にゃん」


「残念にゃん。しかし、諦めてはいけないにゃん」


「タカちゃん、私に付き合って、語尾ににゃんをだにゃん」


「幼馴染として当然のことだにゃん」


「……タカちゃん!!」


「……みゆき!!」


「タカちゃん!!」


「みゆき!!」


 みゆきがお嫁さんになるために。


 俺がお婿さんになるために。


 俺は、俺たちは――全力で今日も幼馴染とお嫁さんの間に立ちはだかる、見えない壁について研究しなくてはいけないのだ。それを破る方法を検証しなくてはいけないのだ。


 全力で。


「「「他所でやってよ!!」」」


 クラスメイト達がなにか言ったが気にしてはいけない。

 これは、そう、俺たち俺とみゆきが可及的速やかに解決するべき問題なのだ――。


「ぴょん!! ぴょんぴょん!! うさ耳だぴょん!!」


「……ふむ」


「心がぴょんぴょんするぴょん?」


「……あまり」


 しかし、かわいい。

 みゆきはかわいい。


 みゆきがかわいすぎて、耳が霞むのはもはや仕方なかった。

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