蝉の声

@Yupafa

蝉の声

もう夕方だというのにうだるような暑さの神戸。駅の裏にある山からけたたましいほどのアブラゼミの鳴き声が聞こえてくる。


「ねぇママ、シンカンセンまだぁ?」


真っ黒に日焼けした顔に汗をいっぱい浮かべた次女が私を見上げる。私はその汗を拭いてやりながらどう答えるか考えた。

新幹線が来るまであと5分か。


「みぃちゃん、新幹線きちゃったらパパとお別れなんだよ!」


事情をよく知る長女が代わりに答えてくれた。その目には大粒の涙が溢れていた。


「だってシンカンセンみたいんだもん」


次女は違う意味で泣きそうになっている。


「今度、パパの住んでいる埼玉に来るときに新幹線に乗れるぞ」


パパが気を遣って子供たちに声をかける。私がだっこしていた息子を抱き上げ、肩車する。


「たっくんも新幹線乗って埼玉おいでね」

「あ、たっくんずるい! みぃちゃんも!」


パパは息子を前に抱き、今度は次女をひょいと肩車する。よく家で見た光景だ。


「かなちゃんもおいで」


パパは長女の背中に右手を回し抱き寄せた。三人の子供を一気に包み込む器用なパパ。

長女はパパの胸に顔をうずめ、声を殺して泣いている。


「あっという間だったなぁ、お盆休み」


子供たちを見つめながら苦笑いするパパ。目尻のシワが年をとったことを思わせる。


「パパ、おべんとたべてね。うふふ」

「うふふ」


パパの頭を叩きながら何かを企んでいる時の得意げな表情を浮かべる次女。それを真似する息子。

夜ご飯用のお弁当に子供たちの手紙三通が入っているのだ。


いつのまにかアブラゼミの鳴く声がおさまっていた。


「──番線に到着の……」


東京行きの新幹線の到着を知らせるアナウンスが流れてきた。長女のこらえていた泣き声が大きくなる。


「かなちゃん、自転車乗る時は気をつけるんだぞ」


長女の九月の誕生日にと前倒しで買ってくれた大きめの自転車。長女が大喜びで乗り回していて、転んで足を擦りむいていたっけ。


「うん。でもいやだよぉ、パパ、行って欲しくない」

「また帰って来るから。テレビ電話も毎日するよ」

「またケータイのテレビやってね、パパ」


次女が話に割り込んで来る。

幼稚園でパパの絵を描いた時、携帯越しの顔だったのを見て少しショックを受けたのを思い出す。


「ああ、みんな元気でな」


そっと次女を降ろし、肩車していた息子を私に返すパパ。


新幹線がホームに入って来る。

次女と息子が嬉しそうにはしゃぐ。


「パパ、ごめんね。最後に泣いて。誕生日の自転車ありがとう」


長女が泣きはらした目をこすりながら言った。

パパは長女の頭をくしゃくしゃに撫でながら微笑んだ。


「よし、じゃあ……」


そう言って新幹線に最後に乗り込むパパ。


「あなた、着いたら電話してね……」


パパは振り返り、にっこりと笑った。その目にはかすかに光るものが見えた。


ホームと新幹線のドアが閉まる。



今年初めてのツクツクボウシの鳴き声が聞こえた。

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