第19話 テーマパークのレストランのメニューは声に出して読むと恥ずかしい ~タマ いん わんだーらんど3~

『ミーちゃんのレストラン』その名のとおり、GLJの人気キャラクターである『ミーちゃん』の世界観を再現したレストランだ。


「お昼前とはいえ結構混んでるわね~」


「だな。ま、しょうがねぇよ」


 待つこと数分


「九名でお待ちの上様、お席にご案内します」


「おっ、俺達だ。行こうぜ」


 建一が反応して立ち上がると由紀が不審そうな顔で言った。


「ちょっと、上様って何よ。上様って」


「殿様みたいだろ。『うえ』ってフリガナ振っとくのがポイントだ。たまに『かみ』ってフリガナ振って『かみさま』って呼ばせる事もある。他にも『尾八形』って書いて『おやかたさま』って読ませたり……」


「あ~もういいもういい。小学生か!」


 もはやアホ建と言う呼び方すら出来なくなる程呆れた由紀だった。案内された席に着くが、さすがに九人という大人数なのでテーブルは六人掛けのテーブルと四人掛けのテーブルに別れる事になってしまった。


「タマのコトよろしく頼むぞ」


「ええ、任せといて」


 晴人と順子のアイコンタクト。


「タマちゃん、こっちこっち~」


 由紀が結衣と挟む形でタマを座らせる。


「まあ、前から見てれば大丈夫か……」


 順子はできるだけタマの近くになる様に中央寄りに座り、メニューを手に取る。


「何にしようかにゃ~」


「あっ、コレかわいい!」


「コレも美味しそう!」


「食べるのがもったいないぐらいだね」


 女子がメニューを楽しみながら見ていると男子のテーブルではそれに反する様な声が上がっていた。


「うっわ、高ぇ……」


 健一の声が聞こえた。所謂『観光地値段』と言えるものなのだろうが、デコレーションがされているとは言え似た様な内容の料理に街のファミリーレストランの倍ぐらいの金額が付けられているのだ。


「ちょっと、アホ健、みっともない事言ってんじゃないわよ!」


 由紀が小さな声で言う。


「だってよ、こんなモンがこんな値段だぜ。何が夢のワンダーランドだ。金のワンダーランドじゃ無ぇか。マジでびっくりだぜ。俺はなんてトコに来ちまったんだ……」


「あのな、健一」


 嘆く健一に晴人が諭す様に言う。


「ここは夢のワンダーランドだ。で、その夢ってのは誰の夢だ?」


「みんなの夢じゃ無いのか?」


「いいや違う。ココの夢はココを作った企業が提供している夢、つまりその企業の夢なんだからな。だからどんな値段を付けようがその企業の自由だ」


「でも、あまりにも高過ぎねぇか?」


「しょうがないだろ。夢の値段も入ってんだから」


「そんなもんかねぇ……」


「そんなもんだ。それに価値を見出せないヤツは夢のワンダーランドに入る資格は無い」


「こりゃまた、キツい事言うね」


「まあ、正直高いなとは思うがな。それが現実だ」


「ふう……じゃあ、一番安いカレーで良いや」


「奇遇だな。俺もそう思ってたんだ」


「俺も」


「僕もだよ~」


「じゃあ、このテーブルはカレー4つだな」


「うん。すみませーん」


 グダグダと晴人と健一の会話が続いた後、結局男達は全員一番安いカレーを注文する事が決まり、透がウェイトレスを呼んだ。


「あの、このカレーを4つ……」


 透がメニューを指差してウェイトレスに注文しようとすると


「何だと?」


「『このカレー』だぁ?」


 健一と淳二が妙な事を言い出した。きょとんとしている透に晴人が解りやすく言う。


「透、ちゃんと商品名を言わないとウェイトレスさんに伝わらないだろ」


 言いがかり以外の何物でも無い。しかし三対一では分が悪い。そこで透は思わぬ反撃に出た。


「……わかったよ。ボク、『ミーちゃんも大好き! ごきげんカレーライス』を」


 透はそう注文するとニヤリと笑ったのだ。


「なに!?」


「『ボク』だと?」


「やられた!」


 最初は『カレー4つ』とみんなの分もまとめて注文したのだが、予想外のいちゃもんにより『ミーちゃんも大好き! ごきげんカレーライス』と言う恥ずかしい商品名を声に出さなければならない状況に追い込まれた透は自分の分だけを注文する事により、晴人達にも同じ様に恥ずかしい商品名を声に出させようとしたのだ。


「晴ちゃんは何にするの?」


「まさか透がこんな逆襲を掛けてくるとは……」


「淳ちゃんも健ちゃんも決まった?」


 ニコニコしながら透が迫る。


――ふっふっふっ……ボクだけ恥ずかしい思いをしてたまるもんか。さあ、早くその恥ずかしい商品名を声に出してよ――


 トオルの暗黒面を見た気がした晴人達だった。だが、晴人はあっさりとウェイトレスに告げた。


「俺も同じヤツ」


「俺も」


「じゃあ俺も」


「ズルい!」


 納得いかない透に晴人は落ち着いた顔で言った。


「なんで? 長い商品名言うよりウェイトレスさんに伝わりやすいだろ」


 クスクス笑いながらウェイトレスは確認する。


「はい、『ミーちゃんも大好き!ごきげんカレーライス』が4つですね。ご注文は以上でよろしいですか?」


「はい」


 力なく透は頷いた。これは透の晴人達に対する敗北宣言でもあった。


「少々お待ちください」


 ウェイトレスはくるっと回って晴人達の席を離れた。彼女のお尻に揺れる尻尾を見て晴人は思った。


――なるほど、このパーク内じゃネコ耳尻尾が珍しいモノでも無いんだな――


 確かにレストランの店内にもネコ耳と尻尾を付けた女の子や子供が多数見受けられる。だが、それらはモフモフはしているが、いかにも作り物。タマの本物のネコ耳尻尾とは比べ物にならない。


――まさか本物だとは誰も思わないわな。クオリティ高いって言われる訳だ――


 晴人が一人微笑んでいると


「晴人、何ニヤニヤしてんだよ」


 淳二が突っ込んでくる。


「ネコ耳が気に入ったのならタマちゃんに付けてもらったら? タマちゃんネコっぽいから似合うんじゃない?」


 透もさっきの仕返しとばかりに食いついてきた。しかし晴人は透の期待に反する答えを口にした。


「それは良い考えだな」


 晴人は考えた。ネコ耳尻尾を隠すのでは無く、普段から作り物のネコ耳尻尾を愛用させておく。そうすれば『ちょっと痛い娘』と思われるかもしれないが、本物のネコ耳尻尾を見られてしまった時は


「今日のはリアルバージョンだな」


 などと言って誤魔化せるのではないか? と。


「よし、後でタマに買ってやろう」


「え~っ、晴ちゃん本気なの?」


 自分から振っておきながら困惑する透。


「もちろんだ。何なら俺も付けてみようか?」


 晴人が言うと、晴人の意図を汲み取ったのか、健一も同調する。


「おう、俺だって付けても良いぜ」


 その声は女子達のテーブルにも届いた様だ。


「アホ健はやめてよね。気持ち悪いから」


 アホ健という呼び方から声の主が由紀である事は明白だ。すると順子もまた晴人の意図を読んだのだろう言い出した。


「じゃあ、女の子みんなで付けてみようか、ネコ耳尻尾!」


「おいおいマジかよ……」


 淳二が驚愕している。無理も無い。由紀が言い出すのならともかく、順子が言い出したのだ。彼女の口から『ネコ耳尻尾を付けよう』なんて言葉が出るとは。どちらかと言うと付ける事に反対するポジションの筈なのに。


「良いね~。賛成!」


 ノリノリな由紀。


「ちょっと恥ずかしいけど、パーク内だけなら」


 と常識的な綾と結衣。


「みんなでネコ耳にゃ!」


 タマは単純に楽しそうだ。


「決まりだな。じゃあ、後で見にいくとしようか」


 順子は言った後、意味ありげな視線を晴人に向けた。

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