第18話 最近のゾンビは走って追いかけてくるからめっちゃ怖い ~タマ いん わんだーらんど2~

 ジェットコースターの乗り場には既に長い列ができていた。


「え~っ三十分待ちだって?」


 驚く健一に晴人と淳二が平然と言う。


「三十分ならまだマシな方らしいぞ」


「オープン直後は三時間待ち・四時間待ちは当たり前だったらしいからな」


 予想外の待ち時間の長さに項垂れる建一を元気付ける様に順子が背中を叩いた。


「待つのもアトラクションのうちでしょ。まあ、みんなで並ぶんだから、そんなに退屈もしないでしょ」


 並ぶ事きっちり三十分、いよいよ順番が回ってきた。


「タマ、大丈夫か? しっかり掴まってんだぞ」


「わかったにゃ」


 晴人の隣でセーフティーバーをしっかり掴むタマ。


「タマちゃん、今からそんな調子じゃ疲れちゃうわよ」


 後ろの席からは優しい順子の言葉。


「掴まるより、しっかり踏ん張った方が良いぜ」


 健一のアドバイス。


「発車しま~す」


 係員の声と共に動き出すジェットコースター。まずは坂を上る。


「うわ~高いにゃあ」


「俺、実は高いトコ、ダメなんだよな」


 意表を付くタイミングでカミングアウトする晴人に建一が叫んだ。


「お前もコレ、乗りたいって言ってたじゃねぇか」


「スピードが出てしまえば大丈夫なんだ。こうやってゆっくり上っていく時が一番怖い」


「スピードが出たらアドレナリンが分泌されるもんな」


「ああ。ちなみに俺にとっての最凶絶叫マシンは観覧車だ」


 晴人が珍しく弱々しい。次の瞬間、坂の頂点まで来たジェットコースターが下りだして加速が始まり、あっという間にスピードが乗る。


「いぃやっほ~~~!」


 晴人がいきなり元気になった。


「ふにゃああぁぁぁぁぁ」


 タマは声にならない声を上げている。カーブの度に身体は振られ、セーフティーバーを掴む手に力が入る。この時、タマの指から猫の爪が少し顔を出しているのには誰も気付いていなかった。



「ふにゃぁ、目が回ったにゃ」


 ジェットコースターから降りるとフラフラのタマ。


「ボクも怖かったよ~」


 少し青ざめた顔の透。


「怖かったね~」


「でも、面白かったよ!」


 結衣と由紀の掛け合いはいつもの通りだ。


「次はココに入るとしようか」


 順子がゾンビ映画をテーマにしたホラーハウスを指差すと、健一達が静かになった。


「何だ、怖気づいたのか?」


「んな訳無ぇだろ」


 せせら笑う順子に噛み付く健一。


「まったくだ。作り物のゾンビなんぞ怖い訳無いじゃないか」


 淳二も鼻息が荒い。


「ボクはちょっと怖いなぁ」


 腰が引けている透。


「じゃあ行くわよ!」


 由紀は無駄にテンションが高かった。


 ホラーハウスはあまり待たずに入れた。廃病院を模した暗い通路を歩く。


「ううっ暗いにゃあ。猫だった頃は暗くても大丈夫だったのに……」


 恐る恐る歩くタマの隣には晴人。その後ろを綾は順子に、結衣は由紀にしがみつく様に歩いている。先頭はもちろん健一と淳二と透。余裕綽々の二人に対し、透は今にも泣き出しそうだ。


「おっ、何かいるぞ」


 淳二が前方にゆらゆら揺れる人影を発見し、身構える。その人影は両手を前に突き出してゆっくり歩いて来た。


「絵に描いた様なゾンビウォークだな」


 健一がせせら笑うと淳二が相槌を打った。


「ああ。捻りが無いな」


 だが途端、その人影はこっちに向かってダッシュしてきた。


「うわっ来たっ!」


「そんなんありかよ!」


 ゾンビがいきなり走って来たことに焦る建一と淳二。しかし二人の目前に迫った時、パンパンパンと乾いた音がして、ゾンビはその場に崩れ落ちた。


「あ~びっくりした。なかなか凝ってるじゃねぇか」


 素直な感想を言う建一に淳二はバカにした様な言葉を吐いた。


「センサーかなんかで銃の効果音出して、それに合わせてゾンビ役が倒れただけだろ。子供騙しだな」


 強がりつつも、淳二の足は震えていた。後ろで怯えている由紀と結衣。綾は順子に完全にしがみついている。


「綾、しがみつく相手が違うだろ!」


 順子は綾に言ったが、その声は突然響いてきたチェーンソーの音にかき消された。


「うわっまた来やがった」


「物騒なモン持ってやがるぞ!」


 現れたのは、叫び声を上げながらチェーンソーを振り回すゾンビ。だが、目を縫い付けられて視界を奪われている設定らしく、晴人たちの横を奇声を上げながらすり抜けて行った。


「……何だったアイツは?」


「でも、怖かったね~」


 何だかよくわからないモンスターをやり過ごしてほっとしながらさらに歩く。


「意外と長いんだな」


 順次が呟いた。ホラーハウスに入って既に十五分は経っている。何体ものゾンビと遭遇し、何度も叫びまくった。タマは完全に涙目で、尻尾が見えていれば確実に丸まっていることだろう。


「もうイヤにゃ~」


「もうギブアップしても良いかな……」


 弱音を吐くタマと結衣。建一がドアを開けると拳銃を持ったアメリカンポリスの格好をした女性が見えた。またゾンビかと思った晴人達だったが、その女性は「大丈夫ですか? 私はクローディア。救援に来ました。出口はこっちです、着いて来て下さい」と言うと銃を構えて歩き出した。どうやらこのアトラクションのスタッフのお姉さんみたいだ。


「なんだ~もう出口か~」


「思った程じゃ無かったかな」


 綺麗な女性の登場に、見栄を張って強がる健一と淳二。


「はあ~っ助かったにゃ」


 一安心するタマ。もっともホラーハウスなので助からない訳は無いのだが。暗い廊下を進むとT字路に突き当たった。


「こっちよ、早く!」


 芝居がかった口調の女性。左に進むと、天井を何者かが這って追い越して行ったかと思うと行く手を塞ぐ様に落下して、先頭を歩いていたクローディアに噛み付いた。


「きゃあぁぁぁぁぁ」


「うわあぁぁぁぁぁ」


「ふにゃあぁぁぁぁ」


 一同、思い思いの叫び声を上げる。クローディアは噛み付かれながらも揉み合いの末、なんとかモンスターを撃退するが、その場に崩れ落ちてしまった。


「何だ?どうなるんだ?」


 突然の出来事に動けずにいる晴人達。するとクローディアは立ち上がろうとしながら「早く逃げて……」とさっき来た道を戻る様に指を差す。そしてふらふらと立ち上がったクローディアは顔を上げた。その瞬間、彼女にスポットライトが当たった。晴人達の目に映ったもの、それはゾンビと化した彼女の顔だった。


「うにゃあぁぁぁぁぁぁ」


 恐怖が限界に達したらしく、遂に悲鳴を上げてタマは走り出した。


「あっ、タマ!」


 晴人が追いかけるが、全力疾走のタマに追いつける訳が無い。


「うにゃあああぁぁぁぁぁ……」


 まっすぐ走った先に出口はあった。明るい外に出た安心感からか、タマはその場にへたりこんでしまった。


「タマ、大丈夫か?」


 ようやく追いついた晴人がタマに声をかけた。人でいっぱいのパーク内、当然ホラーハウスの出口付近にも多数の人が。何か視線が刺さっている気がする。


「あっ、あの娘……」


「あら……」


「うおっ」


 などという声も聞こえる。よく見てみると、タマの頭にはネコ耳が現れ、スカートの下からは尻尾が二本伸びている。ホラーハウスからいきなり飛び出してへたりこんだネコ耳尻尾の美少女。周囲の人々の注目が集まるのは当然だろう。


「ヤバい!」


 焦った晴人だったが、彼の耳に入ってきた声はネコ耳尻尾のタマに対する奇異の声ではなかった。


「スゲェかわいいじゃん」


「あのネコ耳、売店で売ってたヤツよりクオリティ高いな」


「あんなかわいい娘に尻尾まで……なんて羨ましい」


 奇異の声どころか、どちらかと言えば称賛の声。周囲の目にはタマは只のコスプレ少女にしか映らなかったらしい。


「晴人ぉ」


 健一たちも追い着いて来た。


「タマ、早く耳と尻尾隠せ!」


「ふにゃ……」


 晴人の言葉にタマのネコ耳と尻尾が無事引っ込んだ。


「晴人、タマは大丈夫か? こっちは結衣と由紀が大変でよぉ……」


 嗚咽を上げながら泣いている結衣に放心状態の由紀と透。綾は半泣きで順子はなんとか平静を保っている。


「大丈夫だ。ちょっと休憩すっか」


「そうね、ちょっと早いけどお昼にしましょうか」


 晴人が言うと綾が賛同すると、お昼と聞いて由紀が元気になった。


「じゃあ、ミーちゃんのレストラン行きましょ!」


「お、由紀がゾンビとなって復活したぞ」


「誰がゾンビよ、誰が?」


 茶化す健一に元気を取り戻した由紀が蹴りを入れる。


「おいおい、そこは蹴りじゃ無くって、噛みつくところだろ」


「あんたに噛み付いたら本当にゾンビに……って、あんたみたいなのに口なんか付けれる訳無いでしょ!」


「そりゃそうか、はっはっはっ」


 豪快に笑う健一。そんな二人を見てタマも少し元気になった。


「由紀ちゃんと健一君、仲が良いんだにゃ」








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