書く、読む。

@muuko

君と僕と小説と、あとリョウ。

 渚は、はためく白いシャツのようだ。



「ちょっと待ってて。すぐ書き直す」

 渚は部屋に着くなり鞄をぶん投げ、髪をくくり、眼鏡をかけてそう僕に声をかけた。

 彼女の部屋の大部分は本だ。本棚が二つ、窓の半分と壁の右側を埋めている。左側には衣装ケースがある。渚が急に衣装ケースを開けるから目のやり場に一瞬困ったが、中に仕舞われていたのは本だった。なんだよ、本ばっかりだなこの部屋は。窓際の本棚を背もたれにして座り、半開きの衣装ケースに生足をかけ、ノートを開いてペンを持ち、オレンジ色のヘッドホンで音楽を聴きながら渚はすぐに思考の海に潜った。



 渚は書く。小説を。僕は読む。小説を。



 僕が渚の小説を読むようになったきっかけは、些細なことからだった。

 下校中だった。僕とリョウの前を、下を向いて歩く妙な生徒がルーズリーフを落とした。

「あの、これ落としました……」

 拾って声をかけたが彼女は気付かず角を曲がってしまった。ルーズリーフに名前でも書いてないかと目を通すと、それは授業中にとったノートでも美術の時間に書いたスケッチでもない、彼女が書いたであろう小説の一ページ目だった。拾い上げたままどうしたものかと逡巡していると、慌てた様子で戻ってきて僕の手からルーズリーフをひったくって彼女は言った。

「誰にも言わないで」

 リョウと僕は頷いた。リョウは「大丈夫、俺は何も見てないから」と優しく言った。僕は小説の感想を言った。顔を真っ赤にして僕とリョウを睨みつけていた彼女に、急に強く両腕を掴まれた。

「あんた私の小説読んでくれない?」

 それからだ。

 渚の書く小説を、僕は読む。



 渚曰く、普段投稿している小説サイトで、もうすぐ大きなコンテストが始まるらしい。コンテストの開始日に投稿したいからということで、僕らは今日、初めて学校終わりに渚の部屋に呼ばれている。渚が書いてる間、僕は寝転がって本棚から本を漁って読み、リョウは僕が渚の小説を読み終わるまで机に向かってスマホゲームをしているのだ。


 窓際に白いシャツがかかっている。夏の風を受けてはためくその姿は、腕をばたつかせて空を飛ぼうとしているようにも見える。でも飛べない。鳥じゃないから。だけど僕は思う。鳥だけが空を飛べるとは限らない。今はハンガーに吊られてるから飛んでいけないだけで、シャツだけならきっとあの青い空を飛べるんじゃないか。全身に風をうけて。不恰好に、両腕を必死にばたつかせながらでも。


 渚は、はためく白いシャツのようだ。



 開け放たれた窓から海風が入る。

 渚の部屋で本を読む。学習机のイスに足を上げて、床に寝転がりながら。足を高い位置に上げて寝ると疲れが取れると本にあるのでそうしてみる。僕が足を乗せたイスに座るリョウは、スマホゲームに夢中だ。

 渚がくれた炭酸飲料を飲む。

 僕の隣で、渚がノートにシャーペンを走らせている。ルーズリーフに書くのはやめたらしい。


 渚の前髪が揺れている。海風を受けて。

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