第5話 ガールズ・ミーツ

 東北の暑さなんか知れたもんだからってエアコンもない教室は一応日陰であるとはいえ風通しがいいわけではないので風のある日は外の日陰の方が涼しかったりする。太陽は人類を焼き殺さんとするかのようにカンカンと照り続けているし、来るはずだった台風も逸れてしまったので今日もばかみたいに暑い。ファッキンホット。

 エアコンの無いわが校において生徒の生命線は購買とその横にある自動販売機だ。水道の水なんてぬるくて飲んでいられないので私たちは今日も身銭を切りながらそれらを飲む。エアコンが無理ならウォーターサーバーくらい導入してくれればいいのにと思わないでもないけどウォーターサーバーがあってもたぶん私たちは自販機でお茶とかジュースとかを買うんだろう。

 自販機に小銭を入れる。ボタンが光る。いつもは飲まない、甘いだけのジュースを選ぶ。それはごとんと落ちてくる。


 土曜日にアップロードされた動画は、宣言通りすぐに消えてしまった。だから私はよつばちゃんのあのメッセージを繰り返して見ることができない。それを不満に思わないわけじゃないけど、戻してほしいなんてわがままを言うつもりもない。あれはよつばちゃんが私にくれた、特別の秘密のメッセージだ。


 よつばちゃんが好き、かわいいから、と言ってみると、愛美は「意外いがーい!」と言って仰け反った。リアクションはそれだけで、その後は何も変わらなかった。きいろいとりも可愛いよね、と言ってみたら、じゃあ見つけたらあげるね、と答えてくれた。私はコリラックマの方が好きだから、コリラックマ見つけたらちょうだいね、と言い添えて。「意外、普通に可愛いのも好きなんだ?」と言い返すと愛美は怒った顔をして「失礼な」と言った後、わらった。

 それからテニス部の同級生の中に、私と同じく「ラクロスにちょっと似てるから」という理由でテニスを始めた子がいることもわかった。

 わたしが思っていたよりも、周りはもっと成熟していておおらかだった。


「先生」

 背後から声を掛けると、白衣姿の先生が身を縮めるみたいに露骨にびっくりして、それから恐る恐る振り向く。この暑いのにシャツにネクタイを締めて白衣を着てマスクまでしていて、そのうえ先生の周りだけ空気が暗い。少し涼しそうに見えるくらい。

「これ、あげます」

 甘いだけのジュースを差し出すと、先生は取り敢えず受け取ってからジュースと私を交互に見て、「……なんで?」と言った。大丈夫、言い訳ならちゃんと用意してある。

「自販機で当たったんです。当たって――えっと、たまたま先生が近くにいただけです。いらなかったら捨ててください」

 先生は少し驚いたような顔をした。よつばちゃんみたいに目が丸くなったりはしない。じゃあ、と言って逃げようとしたところで、先生の手が私の顔の前にまで伸びてきた。


「ありがとう」


 眼の前にかざされた手のひらの向こうから、蝉の声に掻き消されそうなほど小さく、よつばちゃんの声がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ガールズ・ミーツ! 豆崎豆太 @qwerty_misp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ