第6話 立花部長の場合(これで最後です)
「はあ~……」
「どうしたんですか、部長? 絵の構図が決まらないんですか?」
「ああ、曜子ちゃん……まあ、それもあるんだけど、なーんか色々考えちゃってねー…………」
「今度の展覧会に出品する絵、ですよね? まだ構図も決まらないんですか?」
「ううむ、いや、何て言うか……それももちろん頭痛の種なんだけど」
「作品を発表できる場があること自体幸福なことです。頭痛の種とか貶めて言わない」
「はいっ! ……でもな~……それだけじゃあないんだよなあ」
「……?」
「……今後のことかの、立花?」
「先生。こんにちは」
「鈴木先生……まあ、そんなとこです」
「まだ夏の手前じゃあ言うても、もう三年生じゃからの。進路、不安か?」
「う~ん、割りと勉強とかそこそこにしちゃったからなあ。僕はやっぱり学業より作品を創っていたいんだよなあ。気がつけばそっちに気が向いちゃう」
「部長、勉強しない理由を作品作りのせいにしないでください」
「ハイッ」
「……じゃが、立花のことじゃ。本当は美術部とか絵画部のある学校さえ行ければどこでもええんじゃろう? いや、例え幽霊部活でもお前は自ら活動の場を見出してやろうとするはずじゃ」
「……実際、そんな感じです。進路に関しては、家族も結構諦めムードです」
「カカカ……駄目じゃのう。ワシの若い頃ならまだ何とでも働いている傍ら、絵を描いていたもんじゃ。じゃが、現代ではそういうのは難しいんじゃろう? パソコンを使えるとか、手に職をつける必要があるんではないかの。この前の斉藤に説教できた身分ではないわい」
「うぐぐ……耳が痛いです、ハイ」
「……学業はこの際あえて置いておくとして……他にもあるんか? 気になることが……」
(置いておいていいのかしら……相変わらす先生や部長の常識的な部分がどこにあるのかわからないわ…………)
「……色々あるんですよ。僕が去った後、美術部は大丈夫か、とか、後輩たちやサークルの人たちに残してあげられるものはないか、とか……」
「美術部はむしろ曜子ちゃんが部長になった状態の方が安泰じゃろう。サークルも無くなるわけじゃあないんじゃし、卒業してからもいつでも来ればええじゃないか」
「そうですね、ふふん」
「うくく、はっきり言いますね……でも、まあ何より――――」
「……何より、なんじゃ?」
「……自分の将来への『覚悟』の問題です。僕は絵を描くのが大好きだ。でも、それで生活を成り立たせるのは超がつくほど難しいことは、この前隆文に自分で言ったとおり理解しているつもりです。だから、絵を描くことが仕事に出来なくても僕は構わないつもりです。ある程度決まった仕事をしつつ趣味の傍ら絵を描く。多くの人はそうしているし、僕もそうするはず。でも……」
「でも?」
「本当にそれでやっていけるのか、不安なんです。僕は絵を描かずにはいられない、三度の飯より好きだと断言出来ます。でも、常識的な活動は苦手だ。それが生活の糧どころか、障害になっていくような気がして……はは、そりゃ家族も呆れますよね……お金やチヤホヤされる為に絵を描くんじゃあない、じゃあ、お前、好きでもない仕事をやりながら絵を描く人生に満足出来んのか? って自分でも疑問なんです。だから……もし生活の障害になるぐらいだったら、いつか絵を描くことをサパッと辞める――――もしくは、確信が得られるまで絵で食べていけるかどうかギリギリの所まで挑戦してみるのか…………」
「………………」
「………………」
「いざって時に、その二者択一がし切れる『覚悟』を決められるのか。それが一番不安なことなんです…………」
「がっはっはっはっはっは!」
「え? 先生……?」
「立花! おーまえそんなもん、決まっとろうが!」
「決まってるって……?」
「……その時が来るまで解る訳無いじゃろう。それに、立花、お前の歳で『覚悟』なんて決めるのは、まだ早い、早いのなんのって!」
「でも先生! 普段こんないい加減な自分でも、これだけは本気で悩んでるんです! もっと真剣に――――」
「はっは……大丈夫じゃって。お前は人を見る目がある。これからも、ここ創作サークル『暁-アカツキ-』のような自由に創作活動出来る場は残る。いずれお前に任せるじゃろう。それに、何よりも、じゃ」
「何よりも!?」
「……三度の飯より好きなんて、理屈で考えてありえん。ワシじゃって無理じゃい。ちゃんと飯を食う為に何とでもしてるじゃろうよ」
「な!?」
「そこまで絵を描くことが大好きなら、決して手放すことなどなかろうよ。何かあって手放した気になっても、気がつけばまた絵筆を執っているもんじゃ。どうしても筆を折ることがあったなら、人は次の夢に託すことが出来る。それに、絵で食べるのが無理かどうかも、そりゃまあ、厳しい道なのに違いは無いが……何の挑戦も無い人生ほどつまらんもんもないじゃろう? お前は慎重じゃから、いきなり身一つでそんな危険な飛び込み方はせんじゃろう。日常の傍ら、時間を見て創り、投稿でもしてみればええじゃあないか」
「……でも、僕はそんなにしっかりした人間じゃあ……」
「いつもの能天気さはどうした? ……大丈夫じゃ、立花。自分と、自分の強さを信じろ。確かに、お前には沙智子ちゃんのような天賦の才も、直美ちゃんのような強靭な精神力は無いかもしれん。じゃが、お前にはお前が思う以上に人間的な器や創作に懸ける素直な気持ちがある。大望を抱いて挑戦しようが、本能を抑えようとして趣味としての人生を目指そうが、お前は破滅したりせん。ワシが保証するよ」
「先生…………」
「第一、転んで大怪我をしても、大病を患って苦しんでも、ふとした瞬間に底抜けな明るさで笑っておる。ワシがこの数年間、立花を見てそれがお前の実像じゃとワシは感じた。仮に大失敗したってお前は強く、そして柔軟じゃ。胸を張れ」
「…………」
「……まだ人生の全てを決めるには、まだまだ斉藤同様お前には時間が沢山ある。むしろ時間が無いのは……ワシのような爺さんじゃ。ワシはこの先何年生きるか分からんがの、生きている間はお前や、後輩たちの相談にいくらでも乗るよ」
「……ありがとうございます!」
「まだ夏じゃろう? 在学中もそうじゃが、卒業した後もここに来ればええ。何の用もあろうがなかろうが、来て気持ちを整えに来いや」
「……へへへ。何か、先生とこんな真面目に話したのって、すっごい久しぶりな気がしますね!」
「ははは、そうじゃのう」
「……よし。気持ちが纏まってきて、インスピレーションも湧いてきた! 描くぞ~超描くぞ~」
「よかったですね、部長。題材は?」
「空気」
「…………は?」
「空気だよ~! この場で僕が感じる限りの『空気』! 冷めた感じも、暑い感じも、眩しさも、薄暗さも、聴こえてくる音も、匂いも。感じたまま描いてみるさ! よっしゃー!」
「ほうほう、いいのう! 着眼点、少なくともワシは好きじゃなあ!」
「……この師匠にしてこの弟子あり……というものかしら…………未だにこういう所よくわからないわ…………」
「ん? 何か言ったー?」
ある美術部兼創作サークルの人たち mk-2 @mk-2
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