旅が始まる最後の五分

水乃流

旅が始まる最後の五分

『プロセス開始まで五分。各員は所定の位置に待機せよ』


 ――船内アナウンスが響き渡る。あぁ、あと五分しかない。プロセスが始まれば、もうこうして会話を交わすこともできないし、意思を保っていることもできなくなる。


「大丈夫。目覚めればまた一緒に暮らせるわ」


 君はそう言って微笑む。そうだね。この移民船ふねがあの惑星ほしに辿り着けば、そこで僕たちの新しい暮らしが始まるはずだ。でも……。


「そうよ、新しい生活を夢見て眠りましょうよ」


 君はいつでも前向きだね。でも、僕は心配なんだ。旅の途中で船に何かぶつかったら? 磁気嵐とか太陽フレアとか、宇宙的規模の災害に遭遇したら? それに、この冬眠ポッドだって、故障するかも知れない。そうしたら、もう二度と会えないんだよ?


「貴方は本当に心配性ね。私たちの叡智を結集して作り上げたシステムよ。無事に着けるわよ」


『――係員は、ポッドの最終点検に入れ』


 分かっている。今ポッドに入るよ。でも、もう少し、もう少しだけ彼女と話をさせてくれ。

 君の言うように、僕は心配性で悲観主義者ペシミストさ。本当なら移民せずそのままでいたい。でも、それ以上に君と一緒に居たいんだ。


「うん、私も一緒がいい。だから、こうしてポッドも隣同士にしてもらったんだし」


 そう……そうだね。できれば同じポッドが良かったのだけれど。

「いやね、そんなことできないでしょ? 無理を言わないで。さぁ、早く横になりましょう。もうすぐポッドが閉じるわ」


『――順次、冬眠ポッドのカバーを降ろせ。作業後、密封を確認せよ』


 あぁ、ポッドが閉じる。声が届かなくなってしまった。君はカバー越しに僕を見て、何か言っている。……うん、僕もア・イ・シ・テ・ル。

 密閉されたポッドの中に、ガスが注入された。もうすぐ、冬眠プロセスが始まる。徐々に皮膚の感覚が失われていく。ガスによって意識が失われれば、僕の身体は少しずつhearされていくだろう。そして、長い長い眠りに付くんだ。本当に大丈夫なんだろうか。僕は、意思の力を振り絞って隣のポッドに顔を向ける。でも、カバーには白い霜が付き始めていて、彼女の顔を見ることはできなかった。


 僕は諦めて、目を瞑った。


 次に目が覚めることが出来たなら、新しい惑星で彼女との生活を再開できるはずだ。あの“地球”と呼ばれている惑星ほしで――。

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