第5話 ボクと爺ちゃんと怪異と

 次の日、朝早く起きたんだけど、ラジオ体操はお休みになった。

 あんな事件があって、犯人も見つからないから当然なんだろうけど。

 もし、『虻干様』の仕業だったら、絶対にわからないよ。


 夕方、ボクはクロと散歩に行くことにしたんだ、もちろん爺ちゃんと一緒だ。

「ミツルと散歩に行くのも久しぶりだな」

 と、爺ちゃんはニコニコしながら言っている、ボク等は話しながらいつもの散歩道を歩いて行く。


「今日は人が歩いてないね」

 ボクはそんなことを言う、いつもは、誰かとすれ違ったりするんだけど。

「みんな外に出ないようにしてるからな、畑仕事も早めに済ましてたし」

 爺ちゃんは少し心配そうだ、早く事件が解決するといいな。


 夕陽に照らされている川岸を歩いていると、クロがピタリと足を止めて、動こうとしなくなった。

「クロ?」

 引っ張ってもダメ、それどころか低い唸り声を上げている。

「クロ? どうしたの?」

 クロは川の方を見ている、川は広く流れが緩やかだ、でも……何か黒く長いものが川底にいるみたいに見える。

「爺ちゃん……あれ」

「何じゃろなぁ」

 爺ちゃんは目を細め、ソレを見ている、クロはまだ唸っている。


 川底に居た何かが、プカッと水面に顔を出してきた。

 大きな顔、人の顔に似ているけど人の顔じゃない、金色の目、ぬるりとだんだん姿を現してくる、水にぬれた黒い毛が張り付いた、蛇のような長い体、体の脇には何本もの手足が付いていてソレを動かして川岸に向ってくる。

 ソイツは、ボク達を見つけると口を開けて、金属がこすれるような嫌な音を出して鳴いた。


 アレは何なんだろう? そんなに深くない川なのに、なんであんなに大きなものが居たんだろう? 体がぞわぞわする、横を見ると爺ちゃんが唖然としてその怪物を見ている、ボクは爺ちゃんの手をぎゅっと握り。

「爺ちゃん逃げよう!」

 ボクは手を引っ張る、爺ちゃんもハッとしてボクを見て。

「逃げるぞ」

 と一言言ってボクを抱えて逃げようとしたんだけど、怪物の方が早かったんだ。


 大きな口を開けて、体をくねらせ手足をばたつかせ、金切り声を上げて怪物はボク等のそばまで迫って来ていた。

 爺ちゃんは、ボクを抱えたまま跳んで逃げたんだけど、跳ね飛ばされてしまって……。


 ボクはすぐに起き上がったんだけど、爺ちゃんは寝たままだ。

「爺ちゃん! 爺ちゃん! しっかり! 起きて!」

 ボクは爺ちゃんの体をゆすったけど起きてくれない、ボクは爺ちゃんを背負って逃げることにしたんだけど、重くて走れない、爺ちゃんの足が地面にすれてズルズル音がする。

 クロは隣に来て、怪物に唸り声を上げている、クロ頑張って! 早く逃げないと!


 怪物は、キイキイと気味の悪い声を上げている、笑っているんだろうか?

 ボクは倒れように足を動かす、頑張れ! がんばれ! 逃げるんだ!


 背中がゾクリとする、後ろを振り向くと怪物が、こっちに向って動き出そうとしているのがわかる。

 怪物が頭を持ち上げ、ボク等に向って飛び掛かってこようとした。


あぁ……もう……


 諦めかけてしまったその時。


 眩しい光が雷のように空から落ちてきて、ボクらと怪物の間に広がった。

 ボクは眩しくて目を閉じる。

 同時に、パン! と、何かを弾くような音、そして。


「ぐあぁおぉおおぉおおおおおおん!!」


 ボクが驚いて目を開けると、まるで、雷のような鳴き声を響かせ、白く輝く大きな何かが姿を見せた。


 太い足、ぐるりと巻き上げた尻尾、体の巻き毛は炎の様に煌めき揺らめき、頭に太くて短い一本の角が見える。

 ボクはその姿を見たことがある。

 神社の鳥居の所にある、狛犬にそっくりだ!


 狛犬さんは、ボク等の方をちらりと見る、口から大きな牙が見える。

「ぐぅおん」

 と鳴くと、怪物の方に向って行った。


 怪物は、少し怯んでたみたいだけど、狛犬さんが向かってくるのを見ると、その体をくねらせて金切り声を上げて、狛犬さんを襲ってきた。

 怪物の大きな口がガツンと音を立てて閉じられる、噛みつきに来たのを狛犬さんが避けたんだ、そして。


「ぐおぉおおおぉおおおおん!!」


 ビリビリと空気を震わせて、狛犬さんが吠える!

 その吠え声を聞いたせいか、怪物は体を震わせて動けなくなっている。

 怪物の尻尾に噛みつくと、体をひねり振り回し始め、怪物の体を地面に叩きつける。

 怪物の上げる金切り声と、地面に叩きつけられる大きな音が、何度も何度も響き渡る。


「あれ?」

 何度目だろうか? 怪物が叩きつけられるたびに、小さくなっているのに気が付いた。

 もう、人の子供ぐらいの大きさになり、変な鳴き声を上げている怪物を地面に叩きつけると、狛犬さんは大きな太い足で怪物の頭を踏み潰した。

 怪物は、ボフッと黒い霧のようなモノになり、それもすぐに消えていった。


 狛犬さんは、こちらに振り向くとトコトコと歩いてくる。

 ……顔でかっ! ボクの体くらいあるよ。

 ボクと爺ちゃんの前に来ると、フンフンと匂いを嗅いでいる、そして、大きな口を開くと。

 ベロン

 と、爺ちゃんの顔を舐めた、そしたら「うぉおう!? なんじゃなんじゃ!」とか声を出して、爺ちゃん跳び起きたんだ。


「爺ちゃん、狛犬さんが助けてくれたんだよ」

 ボクがそう言って、狛犬さんの方を見るとちょこんと座って、犬みたいに舌を出してハァハァしている、何か可愛い。

「お? おぉ? お前さんは……」

 爺ちゃんは、狛犬さんの方に歩いて行くと、大きな顔に抱き着いてワシャワシャと撫で始めた。

「お前さん、コロか?! 大きくなって! 元気じゃったか? 相変わらず不細工な顔しおって! わははははっ」

 狛犬さんは「ぐおん」って鳴いて、目を細めている、爺ちゃんも目の端が光っている、泣いてるのかな?


 爺ちゃんと狛犬さんは何か話していた、しばらくすると狛犬さんは爺ちゃんから離れて、もう一度ボクたちを見ると「ぐぉん」と一声鳴いた。

 すると、パッと光って何も居なかったように消えていったんだ。


 **********


 これが、ボクの夏休みに起った不思議な話。


 怪物と狛犬さんが闘った後は、凄いことになってて、ちょっと騒ぎになったけど、ボクと爺ちゃんは黙ってたからそれきりになった(二人だけの(クロもだけど)秘密だ)。


 人が居なくなった事件は、結局わからずじまい、その後何もなかったしね。

『虻干様』も、元に戻したんだけど、神主さんだかお坊さんだかが「もうここには何も居ない」って言ってたそうだ。


 そうそう、夏休み明けで学校に行ったら、クラスの女の子の一人が「ミツルくん、すごく大きな犬が側にいるよ」って小さい声で話しかけてきた。

 クラスの子にも内緒にしてるみたいだけど、らしいんだ、びっくりして話しかけてきたみたい。

 ボクも、ちょっとびっくりしたけど、内緒にしといてって言っておいた、その子も笑って「私の事も内緒ね」って言ってた。


 きっと、あの狛犬さん、コロが側にいてくれてるのかもしれないね。

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ボクと怪異と夏休み 大福がちゃ丸。 @gatyamaru

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