第9節 ごめんなさい。私、月曜日に予定があるの

 龍崎は眼を覚まし、虚ろな眼で周りを見渡して、自分を叩き起こした原因を知った。ベッドに投げていた携帯電話を手に取って画面を見る。


『涼香涼香』


 その名前を見てしたったがために、色々と思い出す

 と、そこで着信音が消える。涼香が電話を置いたのであろう。

 龍崎は少しだけ安堵した。いま、涼香と話す気分にはなれなかったからだ。が、またしても着信音が鳴る。もう一度、涼香が電話を掛けてきたのだ。

(……しつこい) 

 だが、そう思ってから龍崎は頭を振った。そもそも涼香は葵の『カワイガリ』を狩る為に行動してくれている。だから涼香の電話に対し「しつこい」と思うのは違うのだと。だから彼は電話に出る。


「もしもし」

『あらヒュドラ君、こんばんは。寝ていたのかしら、酷い声よ?』

「‥‥‥いや大丈夫だ。気にすんな」


 が、本当は気にして欲しくないのであれば「気にするな」という言葉など言うべきではないと龍崎は顔をしかめる。これでは涼香に余計な気を使って欲しくみたいではないかと。


『あら、そう。ところで妹さんの件は大丈夫かしら?』


 龍崎は言葉に詰まる。涼香に何をどう言えばいいのか。

 涼香が聞きたいのは『カワイガリ』の元になっている葵の悩みを聞いてあげられたのか、つまりは『弱体化』は出来たのか? ということ。結果で言えば問題はい。『カワイガリ』の湧いた人間の悩みを聞けた時点で弱体化は成功している。それが『カワイガリ』の持つ特性。


「あー。たぶん大丈夫だ。悩みは聴いてやったから……それでいいんだろ?」


 龍崎は葵の悩みを、涼香に言うつもりなどなかった。自分の情けなさを露呈するみたいで喋る気にはなれなかったのだ。というより、涼香に事の事情を話したところで、葵の抱える問題が解決するわけでもないのだ。

 すると涼香は「あら」と言って声を明るくした。


『お手柄ね。これで私の仕事がやりやすくなるわ。ところで、明日は空いているかしら?』

「……いや明日はバイトがある。てかなんか用事あるのか?」

『……用って言うのは妹さんのこともあるけれど……ちょっと話しておきたいことがあって。でも、用事があるのなら仕方ないわね』

「話しておきたいこと……ね」


 と、言いつつ龍崎は手を首の後ろに当てる。出来るだけ涼香と会いたくはなかった。会ってしまえば、なんの意味もないと知りながら、葵の悩みを喋ってしまいそうだと感じたからだ。なんの意味もないと知りながら、ペラペラと家庭の事情まで喋ってしまいそうになったからだ。だが、それでも葵の『カワイガリ』を狩るためには『スレイヤー』としての浮舟涼香の力が必要。であれば、龍崎が涼香の要求を断ることなどできない。


「あーなんだ? だったら月曜日は――――」


 と、龍崎は言いかけてふと思い出す。携帯電話のスケジュール表を確認してみると、月曜日に予定が入っている。叔父の家での食事会。昨日、葵づてに「叔父が食事会の日時の変更して欲しい」伝えられ、それを了承したからだ。

 と、受話器の向こうから小さい溜息が聞こえた。


『ごめんなさい。私、月曜日に予定があるの』

「あ、いや、俺も月曜日は用事があった。すまん。だったら……」

『まあいいわ。妹さんの件、まだ時間はあるから急がなくても。そうね、また近いうちに連絡するわ』

「……わかった」


 と言って龍崎が電話を切ろうとしたそのとき、


『あとヒュドラ君。何回も言っているけれどヘタな行動を起こさないよう注意して頂戴。というより何もしないでいいわ。アナタも危険だから』

「……あ、ああ。わかったよ」


 それから龍崎は電話の切れる音を聞いた。

(なにもデキねえよ)

 龍崎はそう言ってベッドに身体を投げ出した。なにもできない。葵の『カワイガリ』が無事に狩られたとしてもなにもできない。問題の大本は解決できない。


「……叔父さんの家、行きたくねえな」


 龍崎はポツリと呟き、そのまま眠りについた。


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