売られた喧嘩は買いましょう!たぶん


 パァン。


 教室内に綺麗に響いた音と、ジンジンと熱を持った頬。

 目の前にはブロンドの髪を振り乱し、右手を振り抜いた状態で固まるエリーナ。

 よほど興奮しているのだろう。肩で息をしている。


「……ふっは」


 別に煽るつもりは……いや、うん。あった。

 多少、煽る気持ちは確かにあった。が、しかしまさかこんなに勢いよく頬を叩かれるとは思わず、小さく笑いが漏れた。


 と、それもまた気に触ったのか、エリーナがキッとこちらを睨んでくる。


「エリーナ様っ!」


「クロエ嬢っ!」


 私の笑いで静まり返っていた教室が途端に慌ただしくなる。

 エリーナの近くにいたオリヴィアはこれ以上、エリーナが何かしないよう必死でエリーナを止め、ジャレットは私に医務室へ行こうと声を掛けてくれた。


「……っこの、」


 ジャレットの体に守られるように隠されている私を見て、エリーナはいまだ怒りが収まっていないようで、それを必死にとめるオリヴィアが少し可哀想に思えてきた。


「エリーナ・エヴァンス。いくら校内とは言え、男爵である君がこれ以上クロエ・アッカーソンに手を上げると言うならば、俺は君のお父上にこの事を報告せざるを得ない」


 他の生徒が呼んできてくれたモーガン先生が静かにそう告げると、エリーナは少し落ち着いたのか、振り上げた手をゆっくりと下ろした。

 それを見てモーガン先生は1つ息を吐くと私の方を向き「頬が赤くなっている。医務室に行ってきなさい」と言った。


 私はモーガン先生に頭を下げ、付き添いを申し出てくれたジャレットをお断りし1人、医務室へと向かった。



* * *



「モーガン先生ルートにエリーナなんて居なかったし、なはずなんだけど……」


 『私』がやっていた乙女ゲームは、他の乙女ゲームとは違い悪役令嬢と言うポジションキャラは居ない。


 それぞれのルートでライバルキャラは居るので、多少の言い合いなどの描写はあったが、他のゲームのように断罪イベントなんて無かった。


 さらに言えば、モーガン先生のルートは初心者ルートのためライバルキャラも居ない。


 純粋にモーガン先生との禁断の恋愛を楽しむだけのルートだったはずだ。


「エリーナだけが私と同じ生きた人間みたい」


 モーガン先生が爵位を返上していた設定はゲームには無かったけど、それでも私の中ではここに存在している全ての人がゲームの中のキャラクターだった。


 いや、最推しは違うんだけど。


 だから、であるエリーナ・エヴァンスだけが、自分と同じ血がかよった人間に思えた。

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