そこはまるで隔離された世界のようで


 ホールの光があまり届かない中庭の一角。

 まるで忘れ去られたようにポツリと佇むベンチ。

 風に乗って微かに聴こえる曲。


 月明かりが淡く照らすそこはまるで隔離された別世界のようだった。


「……仕方がない。座ってもいいか」


 金色の髪はサラサラと流れる糸のように風に揺れている。仮面の奥に見える碧い瞳はどこか冷たく、見るものを拒絶の色をもって映す。

 式典や公の場で常に身に纏っている王家を表す赤いジャケットでは無く、その瞳のように涼やかな碧いジャケット。2つほどボタンが外されたシャツ。首もとに結ばれていたのだろうリボンはほどかれ、首に掛けられただけ。

 身嗜みを言われそうな、端から見たらあまり風体の宜しくないこの男性はこの国の第3王子、ブラッドフォード・ワイズその人である。


「あ、はい。私は何処か他のところを探しますので」


「そこまでしなくて良い。気にするな」


 隣に座ろうとするブラッドフォードに私は慌てて立ち上がり一礼し背を向けた。

 が、背中越しに否定の言葉が聞こえ、一瞬戸惑う。


 ここで重ねてお詫びをし立ち去ることは可能だろうが、王子が気にするなと言っているのに逃げるように立ち去るのは悪い事のような気もする。

 いや仮面をしているのだから身分とか分からないんだが。


「有難うございます」


 うん。でも怖い。何かのタイミングで爵位がバレた時怖い。

 元々日本で会社員をしていた私は身分が上の人の好意を無下にして立ち去るなんてこと、出来るはずが無かった。


 なるべくベンチの端にひっそりと腰を掛ける。

 横目でブラッドフォードを見ようと視線を向けると、何故かばっちり目があった。


「……背中の、」


「え」


「その背中の汚れ。ずいぶん派手にやられたようだな」


「……お見苦しい姿を見せて申し訳ありません」


「いや。しかしどこの女に喧嘩を売ったんだ?」


 前屈みで自分の足を支えに頬杖を付くブラッドフォード。あまりに王子らしくないその格好と、あまりに王族らしいその口調に少しの可笑しさを感じながら私は「何処のご令嬢だったのか分からないのです」と答える。


「分からない、なんてあるのか」


「見覚えのある髪色だったのですが、仮面で素顔は良く分かりませんし何しろダンス終わりにいきなりだったので」


「……なるほど。にしても、着替えないのか? 学園の生徒なら部屋にあるだろうドレスくらい」


「生憎、夜会用のドレスは全て屋敷なので着替えられなくて。こちらに逃げて来たと言うわけです」


 月明かりだけが照らすベンチはそこだけが隔離された世界のようで、そんな場所でブラッドフォードと2人のこの状況はゲームで見た、明かせない身分を楽しみながら会話をするスチルとほぼ同等で、でも実際は明かせない身分を楽しむ余裕なんて無かった。


 ゲーム内のクロエはよくこんな状況で闇夜に紛れてブラッドフォードとダンスなんて踊れたものだ。


「……ふむ。なるほど。なら少し付き合え」


「え?」


「ずっとこんな所に居るなんてつまらないだろう、だから付き合え」


 そう言って私の手をとり立ち上がらせたブラッドフォードは、あろうことか仮面を外し「ブラッドフォード・ワイズに誘われたんだ。光栄に思うんだな」と笑った。

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