【閑話】前世の記憶とカレーライス


「……カレーが食べたい!」


 フレッカー侯爵家とウッドマン公爵家での舞踏会の前。

 ノアの地獄の採寸が終わり、モーガン先生とのダンスレッスンも終わった後、夕食までの少しの時間を自室でのんびりと過ごしていた私は、ふと急に前世の食べ物であるカレーが食べたくなった。それはもう無性に。


 カレーってどうして食べたい!って思うと口がカレーの口になるのだろう。


 さて、ここは一応中世ヨーロッパを模している異世界である。

 日本の会社が作った乙女ゲームだからか、中世ヨーロッパを模しているからか、異世界と言っても出回っている野菜は前世と大差がない。人参もジャガイモも玉ねぎも豚肉も隠し味のチョコレートだって手に入る。


「問題はルーだけね」


 前世ですら香辛料の調合などしたことがない。

 ええ、固形ルー万歳である。


 とは言え、なんの香辛料が必要かは分かる。たぶん。


「よし! そうと決まれば、明日は市に買い出しね!」



* * *



 次の日、私はレオナルドを連れ出して市に来ていた。


 大広場でやってる朝市とは違い、来たのは常設の市。アーケードになっているこの市は国内で1番大きい。雨に濡れる心配もないので庶民の皆さんの強い味方である。


「さて、香辛料を探さないと!」


「……はあ。こっちだ」


「え、場所知ってるの?」


「貴重なもんだから今日仕入れがあるかは分からないけど、扱ってる所なら知ってる」


 市の入り口で腰に手をあて気合いを入れていた私は、後ろで盛大にため息をついたレオナルドに手を取られ、グイグイと奥に引っ張られていく。


 ああ、折角なら探しながら市を楽しもうと思ったのに!


 ずいずい進んで行くレオナルドは、この広い市を正確に記憶しているようで迷う事なく目的の場所へと足を進めている。


「何処に何があるか覚えているの?」


「……流石にそんな事は出来ない」


「じゃあ何で?」


「昨日、料理長に聞いておいた」


 そうぶっきらぼうに呟くレオナルドの耳がほんの少し赤いのは、きっと私の見間違いだと思う。うん。何も見なかった!


「ありがとう」


「迷子になられても困るから」


「流石にならないわよ!」


「……絶対嘘だろ」


 なんてやり取りしていると、進む先から僅かにカレー(香辛料)の匂いがして来る。

 どうして香辛料ってこうも匂いが強いのか。もう早くカレーが食べたくて仕方がないではないか。




 と、言うわけで、香辛料を取り扱っているお店で買ってきた。


 クミン・カルダモン・シナモン・クローブ・ローレル・コリアンダー・ガラムマサラ・ターメリック・ペッパー・ジンジャー・ブラックペッパー


 これでカレーが作れる! はず!


 まあ、香辛料の調合からカレー作ったことないけど。


 今、とてもネット環境が欲しい!


「お嬢様は何が作りたいんです?」


「……リック。あなた、カレーって知っているかしら?」


 リックはアッカーソン家の料理長である。

 私が買ってきた香辛料を覗き込みながら「カレー?」と首を傾げ、暫くしてから


「ああ。名前だけなら知ってますよ。まあ、食べた事は無いですが」


「そう」


「お嬢様はカレーが食べたいのですか?」


「ええ。必要な香辛料は分かるのだけど、何をどの位使うのかが分からなくて。誰か知らないかしら」



 リックと2人して悩む。

 そもそも、この世界にカレーがあるのか不安だったがリックが名前だけでも知っているなら料理としてはある事になる。それは良かったが、中世ヨーロッパの時代にカレーを食べることは、それこそ金塊を食べるのと同意なほど高価なものだった。


 同じ時代を模しているこの世界で、香辛料の調合が出来る人を探すのは無謀なのだろう。まあ、香辛料は思ったほど高価では無かったけど。



 ここはやはり冒険あるのみと言うことか……

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