第20話 伝説の巨体

夜も更けた頃に、ハンスはララアと呼ばれる少女を護衛して再びホフヌングを目指して出発した。



エレファントキングの城では避難してきたホフヌングの住民たちが見送ってくれたが、歩みを進めるうちに城自体が闇に紛れて見えなくなった。



ララアは身長は小柄な大人の女性くらいだが表情はあどけなく、小脇には人形らしきものを抱えている。ハンスはトリプルベリーにお使いに出かけた時に立ち寄った宿屋で彼女を見かけた記憶があったが少し見ないうちに随分成長していた。



ララアはしばらく歩くと疲れた様子だったが、いつも連れているスライムにまたがって何か指示した。するとスライムはララアを乗せたまま人間の小走りよりも早い速度で進み始めた。



ハンスは兵士たちを促して彼女の後を追った。小走りでララアの後を追う様子は騎馬の騎士に付き従う従者のようだ。



速度を速めた一行はあっというホフヌングを遠くに望む丘の上まで来ていた。彼方の平原には野営する敵部隊のかがり火が無数に見える。



「敵に逆襲されたら僕たちが食い止めるから、さっきの城まで逃げるんだよ」



ハンスは自分が悲観的になっているのを感じながらララアに語りかけた。



ララアは無邪気な笑顔を浮かべるがその口からは辛らつな言葉が漏れた。



「強敵に相対した時は味方の損害は最小に抑えつつ、最大限の打撃を与えることを考えるべきだ。自己犠牲で弱きものを助けるのは崇高に見えるが愚者の考えだ。最初から負け戦を考えているようでは護衛にもならないよ」



ハンスは聞き間違えたのかと思って足を止めた。



「あなたがすべきは、わが身を捨てて私を助けようなどと企むのではなく、預かった兵士のフォーメーションを整えてそいつらが生きて帰れるようにしてやることだ。混戦になれば私もあなた方を守り切れないからね」



ララアが続けた言葉を聞いてハンスは思わず同行している兵士たちを振り返った。年も若く経験もない彼らは目を丸くしている。



「そ、そうだね。フォーメーションを考えることにするから、君がどんな攻撃を考えているか教えてくれないか」



ララアはハンスの言葉を聞くと抱えていた人形を差し出してうれしそうな表情で言った。



「今日はこれを使うつもりなの」



ララアの意図を計りかねてハンス達が黙っていると、ララアは聞いたことがない呪文を唱え始める。ひとしきり呪文を唱えると彼女は強く念じながら人形を頭上高く投げ上げた。



「消えた?」



ハンスが人形の姿を見失って、目を瞬きながら周囲を見まわすと、自分たちの横の空き地に先ほどまでは存在していなかった大きな柱のようなものが見えた。


柱に沿って目線を上に上げていくと大きな人型の物体の足に相当する部分だと分かる。それは人の背丈の10倍以上の身長を持っていた。



ララアは丘の彼方に広がる平原に向かって指をさしながら、ハンスには理解できない聞きなれない言葉で何か叫んだ。



その言葉に反応するように巨大な人型は一歩前に出ると、敵の大軍と対峙するように静かにたたずんだ。



「まさか、マッドゴーレムなのか」



ヒマリア国では伝説の兵器としてその名が語り継がれていた。今やそれを使う呪文は絶えて久しいが、その破壊力だけは人々の記憶から消えていない。



ララアが更に何か叫ぶと、頭上にそびえるマッドゴーレムからバシュッと何かを打ち出すような物音が響く。



ハンスがホフヌングの村の辺りに目を転じると、闇の中に生じた小さな光点が急速に膨れ上がっていった。



まばゆい白色だった光は黄色から暗い赤へと遷移していくが、膨れ上がった爆風は雲となって上空に上っていく。


その頃になって、ハンスたちが突き飛ばされそうな強烈な衝撃波が到達した。


衝撃波に続く爆風は様々なものを吹き飛ばしながらハンスたちを襲う。



ハンスと兵士たちが、立ち木にしがみついて爆風に耐えていると、再びララアの声が響き、頭上からはバシュッという発射音が響いた。


「すごい、マッドゴーレムが我々の元にあるなら我々を追い散らしたガイアーレギオンを残らず掃討できるかもしれない」



ハンスの近くにいた兵士が漏らした言葉は、ハンスが考えていたことと重なっていた。



陽動部隊どころか正面から攻めて敵を壊滅させられる。そんな甘い考えが頭に浮かんだとき、ハンスは自分の心の中で何かのアラートが鳴ったような気がした。



ハンスは考えをまとめる時間を惜しむように考えたままを兵士たちに語り掛ける。



「お前たちが少人数で偵察に出ている時に、自分たちの本体がマッドゴーレムの攻撃にさらされて壊滅寸前だとしよう。偵察部隊のお前たちの近くにマッドゴーレムとそれを操る魔導士がいるとしたらどうする」



「もちろん、忍び寄って魔導士を倒して本隊を助けます」



ハンスの質問に答えた兵士はハッとして周囲に目を配り始め、他の兵士も同じように闇の中に目を凝らす。



マッドゴーレムの2撃目が彼方の平原で炸裂した時、周囲はその閃光で明るく照らされた。



「右の林の中に敵兵多数。こちらを目指しています」



「来やがったな。」



ハンスは自分を落ち着かせるために大きく息を吐いた。






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