第19話 レイナ姫奪還作戦

伝令に来たレイナ姫配下の兵士は、侵攻してきたのはガイアレギオンと呼ばれる魔王配下の凶暴な軍事国家で、敵に捕らえられたレイナ姫と側近が明日の正午に処刑されると訴えた。森に身を潜めた親衛隊兵士たちは圧倒的な劣勢の中、払暁攻撃をかけて姫の救出を目指すという。



エレファントキングの城の片隅で貴史たちは伝令として数十キロの道のりを走り通してきたハンスを囲んで、善後策を検討していた。



「私はレイナ姫の救出のために戦います」



レイナ姫を慕うヤースミーンは、一人でも親衛隊の加勢に向かいかねない勢いで宣言した。



「ちょっと待ってくださいよ。あっし達はドラゴンハンターチームですぜ。正規の軍隊相手に戦えるほどの戦力はありませんよ。」



リヒターが迷惑そうにつぶやくと、イザークとホルストも同意するようにうなずいた。



「あ、あの。この近くの森に一個中隊相当の敵の兵士の死体が沢山転がっていたけれど、トリプルベリーからの援軍が来ているのではないのですか」



伝令のハンスは、彼らの様子と森の中の状況がつながらなくて理解に苦しんでいた。



貴史はヤースミーンと顔を見合わせて、どう話そうかと悩んだが、先にヤースミーンが口を開いた。



「それは、私とシマダタカシが食事の材料を採取に出かけた時に、ちょっとやらかしてしまった結果ですね」



ヤースミーンは適当にごまかそうとしたのだが、ハンスは感心したようにつぶやく。



「すごい、立った二人で一個中隊相当の敵を壊滅させるなんて」



タリーはハンスの言葉を聞いて怪訝そうに尋ねた。



「いったい何の話だ」



「昨日、食材を採取しに行った時に人型ニンジンの絶叫が聞こえて近くに来ていた敵の軍勢が死傷したみたいです」



「そうか。避難民でなくてよかったな」



シマダタカシは仕方がないので本当のことを話すが、鷹揚なタリーは深く突っ込まない。



クリストは話がそれたのを修正するように咳払いをして、周囲に聞こえる大きな声で話しはじめた。



「リヒターの言う通り、私たちは正規軍ではないので正面から攻め込むのは無理だ。トリプルベリーの町には救援を頼む使いを走らせるが、距離的な関係で明朝の攻撃には間に合わない。そこでだ」



クリストは言葉を切って仲間たちの顔ぶれを見回した。



「希望者だけで敵の野営地に忍び寄ってゲリラ作戦を展開し、親衛隊の救出作戦を支援したいと思う。参加してくれるものは手を上げて前に出てください」



クリストは自分が手を上げて前に進み出た。その横にヤースミーンが並び、少し遅れて貴史が手を上げて続く。



ドラゴンハンターチームはうつむいたままで動かない。ハンスは覚悟を決めて手を上げて貴史たちに加わり、避難民と一緒に逃げて来た兵士5人がそれに加わった。そして最後に、ララアが歩み寄る。



タリーが手を上げて加わろうとしたのをクリストが制止した。



「タリーさんはここの指揮をとってください。リヒターさんはチームから2名ほど選んでトリプルベリーに救援を頼んでください」



リヒターがイザークとホルストに視線を投げると、二人は一斉に立ち上がった。



「俺たちがトリプルベリーの町まで走ります」



イザークが宣言し、ホルストが何度もうなずく。



「時間がないからすぐに出発しろ」



リヒターがせかすと、二人はあわただしく広間を出て行った。夜明けには間に合わなくても明日の正午には救援を呼べるかもしれないと彼らはとりあえず走って急を知らせるつもりらしい。



「問題はララアだな。」



クリストが腕組みをして見下ろすと、ララアは挑戦的に見返す。



「そうよ、子供のあなたが戦いに加わるのは良くないわ」



ヤースミーンが保護者的な立場から反対すると、ララアがやれやれと言うように首を振った。



「私に戦うなと言うのは、存在そのものを否定するようなものです。クリストさんが企てている陽動作戦程度なら私一人でもロングレンジの魔法を使って敵を攪乱し、その後に帰還するのは容易なことですよ」



ボキャブラリーが増えたララアは作戦参謀のような口調でヤースミーンに反論し、困惑したヤースミーンは助けを求めるようにクリストの顔を見た。



「私もララアの意見を支持しよう。彼女がリーチの長い魔法を使えば陽動作戦には非常に有効だ。そこの伝令に来てくれた士官に兵士5名を付けて護衛させ、遠方から敵の本体の注意を引いてもらうのはどうだろう」



クリストに同意してもらえると思っていたヤースミーンは驚いた表情を浮かべたが、クリストが兵士5人と士官にララアを護衛させると言ったことを思い出して少し表情を緩める。



「ララア、危なくなったらすぐに逃げるのよ」



ララアが子供らしい笑顔を浮かべてうなずいたのでヤースミーンはそれ以上反対しなかった。



クリストは次にヤースミーンと貴史に目を向けた。



「私とシマダタカシ、それにヤースミーンはもっと敵の本体に近づいて親衛隊の攻撃を支援する。中心になるのはヤースミーンの魔法攻撃だ。頼りにしてますよ」



「はい」



自分が主役だと言われたヤースミーンは顔を引き締めたが、貴史は敵の戦力も定かでないのに襲撃をかけるのが不安でクリストに尋ねた。



「敵は相当な戦力があるはずなのに、たった3人で戦いができるのですか」



クリストは温厚な笑顔を浮かべて貴史を見返す。



「敵は避難民に送りオオカミとしてマンイーターのレッドドラゴンと1個中隊の歩兵部隊を差し向けたようだが、両方ともあなた達が殲滅したではないか。彼らの全滅を敵の本体が知るのはまだ先のことなので奇襲攻撃は十分効果がある。私はレイナ姫の奪還も可能ではないかと考えているよ」



クリストは反論がないので自分の案を既定事項として作戦を説明し始めた。



「ハンスさんは敵の宿営地、つまりレイナ姫が築いたホフヌングの村までララアを護衛しながら真直ぐに進み、ララアの魔法の射程に入ったら攻撃を仕掛け、ほどほどのところで撤退してください」



ハンスは預けられた兵士の顔を見た。直属の部下はいないがホフヌングの住民なので顔見知りばかりだ。



「私たちは敵の側面から回り込み、払暁攻撃を仕掛ける親衛隊に呼応して支援を行います。今から準備を整えて1時間後には出発しましょう」



傭兵部隊の隊長を務めていたクリストお支持は説得力があった。レイナ姫奪還作戦に立候補した人々はそれぞれに装備を整えに散っていった。



他の人々の動きに紛れて、ララアは城の上層階に向かった。秘密のスイッチを使って隠し扉をいくつも抜けると、間接照明が生きている区画に出た。



さらにもう一つ手のひらを押し付ける認証扉を開けると、そこにはかつては豪華な家具調度をそろえていた部屋がそのまま残っていた。



しかし、200年以上の月日にわたって閉め切られていたため家具はボロボロに朽ち果てている。



ララアが床の隠しボタンを押すと、石でできた四角い箱が床下からせりあがる。



蓋を開けるとその中には、王族が付けるティアラと瀟洒な衣装をまとった美しい人形が入っていた。



ララアが人形を手に取ると、それはボロボロと崩れ落ちて形を失っていった。しかし、もう一つ残されていた泥人形はララアが手にとってもその形は健在だった。



ララアの顔にうす笑いが広がった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る