七章:奔走 8


 迫る獅子を模したエネミーに動力駆動式鉈を叩き付け、渾身の力で切り伏せる。ガリガリと回転する刃が火花散らしながら鋼鉄の外装を切り裂き、内部機関を噛み砕き破壊していく。


『――GRRRRAAAAAAAAAAA!』


 それでも、鋼鉄の獅子は止まらない。刃を押し込むトーリにその爪牙で襲い掛かろうと咆哮を上げて手を伸ばし――


「しつ……こいっ!」


 トーリが、深く刃を押し込む。回転刃がエネミーの心臓を捉え、容赦なく食い散らして斬砕する。

 機能停止した怪物から刃を引き抜き、振り向き様に一閃!

 巨大な、断頭刃ギロチンのような巨大な刃を紙一重で受け止め――しかし、弾き飛ばされる。

 吹き飛ばされた衝撃のままに床を転がり、数度転がって勢いを殺し立ち上がって、相手を見る。

 巨人――と呼ぶほどではない。少なくともあのマラコーダほどではない。

だが、巨体だ。目測で四メートルほど。細身の、まるで骨身のそのまま身体。針金細工のような痩身の人型。目につくのは鉄骨一本のような両腕で掲げた巨大で分厚い出刃包丁ギロチン

 どう贔屓目に見ても、持ち上げられるとは思えないような代物を平然と持ち上げて、痩身のエネミーが再び巨大な刃をトーリ目掛け、凄まじい速度で振り下ろす。

 上段からの容赦ない斬撃。しかし動きは単調。この程度なら、回避に造作なし。

 無論――それが一体であるならば!

 左から気配が迫る。否。左だけではない。

 四方八方。囲い込んでの同時多方攻撃。

 人型の、大猿型の、魚人型の奇形たちが襲撃する。斬撃が、打撃が、刺突が、殆どタイムラグなしに殺到して――


「くそっ!」

 

 咄嗟にコートを翻して即席の目眩ましブラインドにし、同時に高く跳躍した。振り下ろされた剛刃を回転の停止した刃で受け止め――転瞬、刃を傾け太刀筋を逸らす。

 受け流した刃がすぐ横を通り抜け、代わりにトーリへと襲い掛かった他のエネミーへと振り下ろされた。ただ叩き付けただけで床を割るほどの一撃をまともに受けたエネミーたちが、千々に粉砕されて絶命する。

 同胞の巻き添えなど、気にかけた様子すらない。

 意志なき怪物。ただ本能のままに動き、暴虐の限りを尽くすだけの――破壊を齎すクロームのモンスター。


「少しは、躊躇えよっ!」


 振り下ろしたままの腕に着地し、最大加速。腕の上を一気に走り抜け――跳躍。その巨体の胸元に向けて、渾身の力で刃を突き立てる!

 突き刺さった剣に摑まって、宙ぶらりんの姿勢のままに、トーリは再び剣の柄グリップの引き金を引いた。

 けたたましい駆動音と共に、再び回転刃が動き出し――


『――GRRRRRRRRRRRRRRRR!』


 高速で回転する刃に身体の内側を抉られたエネミーが、断末魔の如き声を上げた。ひときわ大きく全身を引き攣らせ――そして、動力が切れた様に巨体が傾ぐ。

 崩れ落ち、鉄屑の山と化すエネミーの懐からどうにか離脱して、粉塵と小さな破片に塗れながら、トーリはエイケンの前に立つ。


「二人は何処だ。ついでに、お前がこっち側に連れてきた人たちも」

「目が悪いのかな。此処にいるではないか」


 エイケンが微かに視線を背後に動かす。自然、トーリの目もまたそれを追う。

 巨大で、大掛かりな機械だ。この蒸気機関に満ちた都市には、あまりに不釣り合いな機械装置マシーン

 大小様々な機械と機械と機械を繋ぎ合わせて作ったのであろうそれを見て――ふと、トーリの目に留まったもの。

 始め、目を疑った。だけど見間違いではないということを理解した途端に押し寄せたのは、悍ましさ。

 ――人だ。

 半透明な箱――棺の中に押し込められて、その身体に無数の配線が接続された人たち。そしてその中には、彼女の――七種響エコーの姿もあった。


「エコー!」


 彼女の収まっている棺に駆け寄って名前を呼ぶ。だが、反応はなかった。

 最悪の予感が脳裏を過り、全身から血の気が引いていくのが判る。


「安心したまえ。死んではいない」


 顔を蒼くしたトーリに向けて、エイケンはこともなくそう告げた。

 だが――それが、なんだというのか。

 箱の中の人たちは意識がないのか、目は伏せたままぴくりとも動かない。ただ、微かに動く胸元が彼らの生存を確認させるが――それは、生きていればどんな扱いをしてもいいということイコールでは繋げない。その、はずだ。

 だが、


「何を驚くのだい? 倫理や人道などでは技術が発展はしないということくらい、知っているだろう。あらゆる可能性を考慮し、計算し、これこそが最高の素材と見出したのだ。称賛されこそすれ、非難されるようなことは、何一つしてはいない」


 しかし、常軌を逸した人間マッドサイエンティストが相手では、その限りでもないのだ。

 彼らにとって、この世の遍くすべてが研究の糧であり、贄なのだ。


「こんなことをして、何をしようとしてるんだ?」

「それを知りもせずに阻むか。なんとも度し難い」


 冷たい視線でトーリを見据えるエイケンが、嘆息しながら頭上を見上げる。

彼の頭上――塔を貫くように作られた巨大な機械を見据え、エイケンは――


「――簡単なことだ。歴史を、正しくするのだよ。私と、彼女で」


 バチリ――

 突然、頭上に紫電が疾った。

 頭上だけではない。周囲――この塔の中を、何かが光の速さで駆け巡っている。

 周りに視線を巡らせるトーリを余所に、エイケンは何処か感心した様子で巨大な機械を見上げてほくそ笑んだ。


「――どうやら、君の友人と、私の同胞が邂逅したようだ」

「なんだって?」


 不意にかけられた言葉に眉を潜める。

(僕の友人? そんなもの、この世界には――)

 と、そこまで考えて。ふと、脳裏を過るのは――いつも不機嫌顔の幼馴染。

 ――支神九角。

 あるいは、グレンデルと呼ばれるランナー。

 有り得ない。彼に限って言えば、まず危険なんて及ばない。九角は、トーリが知る誰よりも強い。多少の障害があったところで、彼ならば切り抜けられる――そう、思うのに。

 直後、エイケンの頭上に浮かび上がるもの。

 それは、立体画面にも似たモニタだ。

そしてそこに映し出された深紅を纏う仮面の男の姿に、トーリの不安が加速して――



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