6-Ⅰ 自己言及のパラドクス She Asserts Herself Not to Be a Human, But...


「ムクズ~、キッチ~ン!」

 さぁ始まりました、今日のムクズ・キッチン。このコーナーは椋路むくみち柘榴ざくろが視聴者のお便りを受けて即興で料理をするというもの。尚この番組はフィクションであり実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

「さてさて、今日は何を作りましょうかねェ〜」

 アクリルの箱には今日も葉書がどっさり。このうちなんと九割がスタッフの手書きだというのだから驚きです。その中から椋路が無作為抽出。

「じゃじゃん! なになに、『いつも献立に悩んだ時に助かっています。さて、私の知人が怪我をしてしまい、体力を取り戻せるような料理を作りたいのですが、どのようなものがいいでしょうか』ねェ……なるほど、それじゃああたしにお任せあれ! 怪我人にぴったりな絶品お料理をご覧に入れて差し上げましょう! ミュージック、スタート!」

 椋路の決めポーズと掛け声に伴って、スタジオにメタルが流れ始めます。これは……彼女のお気に入り、Metallicaの『Hardwired... To Self-Destruction』から『Moth Into Flame』です。彼女はSlipknotの『.5: The Gray Chapter』から『Custer』と悩んでいたそうですが、スタッフ謹製の阿弥陀籤あみだくじで決定しました。

「A moth into the flame~♪」

 曲を口遊みながら冷蔵庫から予め下拵えしておいた牛肉の塊を取り出し、油を敷いたフライパンに豪快に投げ込みます。この段階で歌詞を正確に発音できなければリテイクです。

「ハイ、というわけで、焼けたのがこちらでェ~す」

 コンロの火を消して、スタッフから受け取ったステーキに手際よく盛りつけをして、

「完成~!」

 椋路特製、ドテッ腹をカッ捌かれた怪我人にぴったり、ワイルドビーフ牛肉ステーキ(椋路命名)の完成です。

 テーブルに移動して、ナイフとフォークを手にして、ナイフを壁に掛かったダーツボードに投げつけて(ブルズアイ!)、フォークを構えます。

「いっただっきまァ~す!」

 フォークを肉のど真ん中に突き刺し、豪快に噛みつきます。

 野蛮な食べ方とお思いでしょうが、そんな視聴者の方々は、誰かに植えつけられた既存の価値観に固執していることにお気付きでしょうか。他人の決めた上品なテーブルマナーとやらを放り捨てて、気の赴くままに肉を食らう。それこそが、人間にしかできない、最も人間らしい行いだと我々は思うのです。人間は所詮獣の延長で、なればこそ、我々は原初に立ち返り、己の中の獣を受け容れるべきです。そう、我々は、誰しも心に獣を飼っているのですから……。


 See You Next Hunt... というテロップの後に画面が暗転する。

「……どうだった?」

 病葉わくらばの自室。

 ベッドで静養している病葉の元に、突然椋路が現れて、右のような自作番組を再生していた。

「食欲が失せたわ」

 病葉の顔色は良くなっていたのに、椋路の動画を見て少し青ざめている。

 対照的に椋路の表情は晴れやかで、そこに一切の邪気はない。どうやらあの動画が励みになると本気で思っていたらしい。


 椋路が病葉を連れて御伽社おとぎしゃ大阪支社に戻った時、すぐに精密検査が行われたが、どちらも異常は見受けられなかった。

 大事をとって両名には休養が言い渡され、病葉は指示通りにベッドで寝ていたが(寝間着であろうゆったりとしたTシャツには「馬子にも衣装」と書かれている)、椋路は常に動いていないと落ち着かない性分で、こうして動画創作に精を出していたらしい。

 結局、何故椋路、ロートケプヒェンがコアを破壊されたにも拘らず生還できたのか、病葉、グレーテルの傷の再生が遅かったのか、ということは、魔法少女を専門に取り扱う医療部の精鋭をして分からず終いだった。

 メアリーや賽河原さいがわら支社長を始め、数々の優秀なスタッフ達は真実追求の手を休めないつもりのようだが、椋路にしてみれば、最終的に生きていれば勝ちだと考えている節があるため、結論として自身と病葉が完全に恢復しさえすればそれ以上拘泥する気はなかった。

 今回の件に関しては、メアリーはああ言ったものの、椋路が失態を犯さなければ病葉が重傷を負うことはなかったと、彼女はそれなりに負い目を感じていた。そこから励ましの為に動画制作に取り掛かれるのはひとえに優れた行動力の賜物だが、実際に励みになったかどうかは語るに及ぶまい。


「ていうか、私甘党だって何度も言ってるでしょう。それにお肉なんて食べたら太っちゃう」

「太りゃしねェよ。そもそも肉も甘味もカロリーっていう点では大差ねェだろうに」

「むむ、そりゃそうだけど……」

 どこか納得のいかないような様子で病葉が口を尖らせる。

 椋路は勝手に拝借したドレッサー前の椅子に脚を広げて座り、食べ終えた焼き鳥の串を咥えたまま上下に動かして遊んでいた。


 そうやって二人が議論を交わしていると、控えめなノックが三回鳴り、凛とした女性の声が扉越しに聞こえてきた。

若葉わかばちゃん、帚木ははきぎだけど」

 その声と名前を聞いて、椋路は肩をびくりと震わせる。

はぎさん。開いてるので、どうぞ入ってください」

 扉がスライドし、身長一六〇センチ後半ほどで長い黒髪を一房に束ねた女性が入ってくる。

 帚木萩。御伽社大阪支社に勤める魔法少女の一人である。この三人の中では最も古参で、姉のような立ち位置だ。

 その帚木は病葉に会釈し、そして目線を明後日の方向に泳がせる椋路を一瞥して、

「柘榴、また敵を逃がしたらしいね」

「うっ……」

「必要だから何度でも言うけど、あなたのその慢心癖は治すべきだと思う。戦闘を楽しく感じるというのは否定しないし、魔法少女としてたいへん結構な素質の一つだとは思うけど、結果が伴っていないのならそれはただの悪癖。実際こうして若葉ちゃんを巻き込んでいるんだから、反省しなさい。その詰めの甘さはいつか人を殺すよ。若葉ちゃんの爪の垢を煎じて飲ませたいくらい」

「……『つめ』だけに」

「な・に・か?」

「いや、なんでもない、ッス。あたしが悪うございました」

「分かればよろしい」


 この通り、椋路は帚木が苦手だった。会う度に説教を食らうし、しかもその全てが正論なのだから彼女としては面白くない。何か揚げ足を取って言い返そうものなら、理詰めで事細かに説明され徒に拘束時間が増えるだけなので、椋路はここに配属されて一週間で彼女に反抗することを諦めた(自己の行いを省みることはなかった)。


 身体を縮こまらせる椋路を見て鼻を鳴らした帚木はこほんと咳払いし、病葉に向き直る。

「まぁ変態問題児は置いといて、若葉ちゃん、元気そうでよかった。これお見舞いね」

 帚木が後ろ手に持っていた箱を病葉に差し出す。その箱を見た途端、病葉の表情と顔色は一変した。

「どぅ、ドゥスールのクレームブリュレ……!? 萩さん、それ一体どこで……!?」

「いつも人が並んでるお店で気になってたんだけど、封鎖解除の直後に行ってみたらまだ他のお客さんが少なかったから買っちゃった。一緒に食べよ?」

「いいんですかー! えー、そんな、申し訳ないです私今回何もできてないのにー!」

「いいのいいの。柘榴の尻拭いってだけでも相当に精神的苦痛を被っただろうし、二人で、ね?」

 帚木は悪戯っぽくウィンクし、病葉は欣喜雀躍きんきじゃくやくといったふうに身体をくねらせる。どうやらそれほどに珍しい代物らしい。


「ねぇ、萩さん。あたしのは? お肉は?」

「柘榴は自分の腕でもかじってなさい」

 椋路は項垂うなだれて、黄色い声をあげて姦しくはしゃぐ女子二人と自分の腕を交互に見ていることしかできなかった。

「……美味しくない」

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