第3話どなどなどなーどーなー

 

 ――――――――――。



「もう大丈夫ですよ」


 声がかけられ、強く握りしめていた目を開ける。


 辺りは急変していた――。小さなアパートの一室から、何処にあるかも分からない常夏のビーチへと移り変わっていた。


 周りの海に浮かぶ島々。目線を少し上げれば、何の原理で浮いているのか把握できない巨大な岩山。青空を覗けば、空一面に星屑のように煌めく幾何学模様。


「ここは、一体……」


 驚きを隠しきれず、口が開いたままだった俺に少女が語り掛けた。


「大丈夫ですか?」


 優しい声になんとか反応し、返事をする。


「ああ……大丈夫だ。たぶん……」


 ふと、先ほど自分が言った事を思い出す。


「魔法ってこれか……?」


 と、腑抜けた口調で問う。


「いいえ、まだまだこれからですよ!」


 えらく楽しそうな少女は、俺から離れ海のほうへ走っていくと。

 ――飛んだ。腰から生やした白いハネを羽ばたかせることなく。


 ハネを生やした姿は、天使そのものであった。だが、天使の特徴であるはずの頭の輪は、何処にもなかった。少女は大きなハネをめいっぱい拡げ、地面から十数メートル程のところまで上がる。少女は停止する。そして、俺のほうを見て、


「それでは、お見せしましょう」


 と、演劇が始めるのであろうかという具合に、深々と頭を下げ海に浮かぶ島に体を向ける。――手をかざし、


 ――すると。人間の聴覚器官の限界に至るほどの高周波、低周波が耳を塞ぎ。

 猛烈な爆風が骨まで振動させるように鋭く刺さる。


 辺りが暗く感じるほどの強い一筋の光が、宙から空、雲、陸、海と、すべてを貫く。大きな爆発とともに炎と煙を巻き上げ、島と海を切り裂いた。



 ――海に浮かぶ島が一つ消えて無くなった。



 音と見えている映像にラグが生じているはずだが、あまりにも衝撃的であったのか、視覚と聴覚の認識が逆転してしまった。



 高く巻き上げられた波が――。

 ドロドロに溶けた岩石が――。


 見たことも聞いたこともない状況に見舞われ混乱し。

 あたりに漂う海水が蒸発した匂いと、三叉神経の麻痺が吐き気を漂わす。


「一体……なんなんだ、何が起こったんだ……」


 焦り、絶望、恐怖。あらゆる負の感情が脳裏をよぎり、理解しようと頭を回転させる。だが、理解することなんて出来ない。出来やしない。



 この場に起こったことは、まさしく――異次元。


 脳が理解を拒むのも当然のことだ。


 俺は、先のモノを放った本人に追って問う。


「何がどうなってんだ……」


 その言葉に少女が俺のほうを向き答える。

 俺は、その翻る顔にさえ恐怖を覚えた。


「あの島には誰もおりませんよ?」

「違う! そうじゃない。今、お前は何をやったんだ……」


 はて? と、首を傾げてから、思い出したかのように説明を始めた。


「これが、魔法でございます。天使は、魔法で異世界を造りだし、その中でゆったりと落ち着いて暮らす者も要れば、好き放題遊ぶものもいるんです」


 これが、魔法? 天使? 訳が分からねぇ。つか、天使のやることじゃねぇだろ。

 思考を妨害したのは、少女……いや、天使の囁きだった。


「そういえば、名前を申しておりませんでしたね」


 地に足を付けた天使はニコリと微笑み言った。


「私の名はスフレ・ヘカンツェルどうぞよろしくお願いいたします。マイマスター」



 不覚にもまた、その笑顔に魅了されてしまう。



 ああ、初めまして。絶望を美しさで覆い隠す天使さん。



 自称天使から天使にジョブチェンジした少女をみて。

 名は体を表す。ああ、この言葉を作った人にこいつを見せてやりたい……天使って飯食うのかな? とほほ。と思いながら俺は仕方なく天使の存在を受け入れた。

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