第9話 ごめん
「ただいま」
ぶっきらぼうな大好きな声がすぐそばで聞こえた。
「二郎先生!! 」
篠原さんが佐藤くんの方へ駆け寄る。本当に今、佐藤くんがいるんだ。また涙が頬を伝う。そこには確かに佐藤くんが立っていた。泣いているのを見られたくなくて、しゃがみこんで両手で顔を覆う。どうしよ。嬉しい。佐藤くんだ。そんな私を見かねて佐藤くんは私の目の前に立つと、すっと手を差し出した。
「ほら、立って」
その手に自分の手を重ねるとそのままぐいっと抱き寄せられた。
ん?え!?!?
2人の早い心音が
あっという間に重なる。
「さ、佐藤くん!? 」
パニックになりながら目を合わせると、佐藤くんが真剣な顔で予想外の一言を発した。
「あのさ、明日の放課後、連れて行きたい場所があるんだ」
◾︎ ◽︎ ◾︎ ◽︎
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
「これで帰りの会を終わります」
「起立、礼」
「「さようなら」」
いつも通り学校が終わって私は少しだけ緊張しながら身支度をした。
「準備できた? 」
待ってくれていた佐藤くんに大きく頷く。
「そういえば、今日は佐藤くん、1回も寝てなかったよね 」
「うん、……まぁね。
さ、とりあえずタクシーに乗って」
いつもより上機嫌の佐藤くんに促され、脇に止まっていたタクシーに乗る。
「佐藤くんって案外お金使い荒いよね……」
「今日は特別だからいい」
そう言ってはにかむ。
それから数十分、目的地に着くまで2人で久しぶりにたくさん話をした。佐藤くんがいない間の学校の話や篠原さんの話などなど……、楽しい時間はすぐに過ぎた。
「ここだよ」
佐藤くんに連れられタクシーの外に出ると、そこは小さな山の麓だった。
「山? 」
「そう。見せたいものがあるんだ」
早歩きする佐藤くんの後ろについていく。
「さくら、ここからは目つむってて」
言われた通り目をつむると佐藤くんの手が私の手に触れる。
「ついて来て」
「わ、分かった」
手を引かれるがまま、歩いていく。佐藤くんの手は驚くほど冷たかったけど、それと反比例して私の心臓は勢いを増し、体が熱くなる。
「よし、いいよ、目開けて」
言われた通り目を開けると、
一面の綺麗な綺麗な夕日、そして、
光照らされる町が広がった。
赤、オレンジ、黄色、青、紫。
パレットから出された色が美しく空に散りばめられているようだ。
「うわっ……本当に綺麗、すごい!すごいよ!! 」
思わず佐藤くんをベシベシ叩く。
「でしょ。お気に入りの場所なんだ」
「本当に今まで見た中で1番綺麗……」
「よかった」
佐藤くんが優しい顔で微笑む。それにつられて私も自然と口角が上がった。
「さくら」
「ん? 」
「これ。ちょっと早めの誕生日プレゼント」
佐藤くんの手には綺麗な綺麗なダイヤのネックレスがあった。
「え、わ、わ、私に!? 本当にいいの!? 」
「うん、もちろん」
そう言いながらネックレスのチェーンを外し、首につけてくれた。
夕日に照らされて私の胸元でキラキラと輝く。
「嬉しい……。本当に嬉しい! ありがとう! 」
しかし、それと同時に嫌な考えが頭をよぎった。私の誕生日は2週間後。なぜ今、渡したのか、ということだ。
「ねぇ、何で、誕生日当日に渡してくれないの……? 」
「それは
俺は2週間後、ここにはいないから」
予想していた最悪の返答が返ってくる。舞い上がっていた気持ちは一気に急降下した。
「ごめん」
言葉が深く体にのしかかる。
「……引っ越しするってこと? 」
「……うん。詳しいことは長くなるから手紙に書いて来た」
そう言って1つの便箋を手渡される。表には見慣れた字で“さくらへ”と書かれていた。
「家に帰ったら読んでほしい」
「……分かった」
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その時には日は暮れて、あたりは藍色に包まれていた。その代わり、星たちが小さな光で輝く。
すると不意に佐藤くんが
私の左手をとった。
永遠のようで一瞬
一瞬のようで永遠 の沈黙が流れる。
目と目が合って、手を握られる。
佐藤くんの瞳が揺れる。
そして私を
真っ直ぐに見ながら呟いた。
「好きです」
聞いた瞬間、息が止まった。
それはずっと待っていた言葉。自分から言いたかったけど、ずっと勇気が出なかった言葉。
「私も、好き」
動揺しながらも、
やっとのことで伝える。
そんな私を見て佐藤くんは優しく、悲しく微笑んだ。
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そこからは2人で手を繋いで、夜の街を歩いた帰った。いつも通りのようでいつも通りじゃない。恋人の距離で。
分からないこともいっぱいで、モヤモヤもあったけど、今はただ何も考えずに、佐藤くんの隣にいたいと思った。
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しかし楽しい時間は長くは続かない。2人でゆっくり歩いていた時間はあっという間に過ぎた。
「もう家に着いちゃったね」
「だな」
「今日の夜ご飯何がいい? 」
笑顔で見上げた私とは対照に佐藤くんの顔が曇り、俯く。
「ごめん。これから出版社に行かなきゃいけなくて一緒に食べれられない」
「そっか……。仕事なら仕方ないね」
「ごめん」
「いーよ、気にしないで! 」
「ごめん」
一言一言、話すたびに佐藤くんが泣きそうな顔をする。
「……どうしたの? 何かあった? 」
「……」
「夜ご飯のことなら気にしないで?
私も寂しいけど大丈夫!
だって明日も会えるでしょ? 」
ニコッとはにかんで佐藤くんを見ると
佐藤くんの目からは涙が溢れていた。
そして、佐藤くんが私を抱き寄せる。
ぎゅっ。
いつもは大きくて凛々しい佐藤くんが
今は脆い、触れば割れてしまう、ガラスのように感じる。
私が背中に手を添えると、佐藤くんはさらに強く抱きしめた。
「ごめん……」
さっきからその言葉ばかりだ。ごめんの意味も泣いている意味も分からない。けれど、普段泣かない佐藤くんが今こんなにも私の肩を濡らしてる。
それをどうにかしたくて
助けたくて
私は佐藤くんの肩から顔を離して
ほぼ無意識で
そっと唇を重ねた。
佐藤くんの唇は驚くほど冷たい。
だから私の体温が少しでも移るように、優しく長く、唇を押しつける。
そして少し経って唇を離した。
目を合わせると佐藤くんの顔は真っ赤で唖然としている。
え、あれ、ちょっと待って!
私かなり大胆なことしちゃった!?
一気に恥ずかしさが襲ってきて顔が熱くなる。すると今まで泣いていた佐藤くんが、今度は弾けるように声を立てて笑い出した。
「ちょ、なに! 」
「いやっ、さくらからキスしてきたのにめっちゃ顔真っ赤だからっ」
「佐藤くんこそっ!真っ赤じゃん」
反論するも、佐藤くんはお構いなしに、楽しそうに笑う。それを見ていると、私もどうでもよくなって、つられて笑う。
佐藤くんが心から笑ってるのを久しぶりに見た気がした。
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散々笑いあって気がつくと
時計の針はもう8時を指していた。
「そろそろ時間だから行かなきゃ」
「もう大丈夫?元気?」
「うん。さくら見てたら元気になったよ。散々笑ったから」
佐藤くんがくっくと小刻みに笑う。
「お役に立てて何よりですー!」
私が軽く小突くと、さらに佐藤くんは笑う。
「ん、いろいろごめんな、ありがと。
あ、俺が渡した手紙、寝る前に読んで」
「ん、了解! 」
「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
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さくらは、二郎を見送った後、夜ご飯の支度を始めた。お湯をわかし、注ぎ込んで約3分。カップラーメンである。
今日は本当にいろんなことがあったなぁ。嬉しいことも悲しいことも、1日で起こったこととは思えない。
そういえば、手紙……。
何が書いてるんだろう。
佐藤くんは寝る前に読んでって言ってたけど……中身が気になる。
まぁ、大方、なんで引っ越しするかの説明だとは思うけど……。
かばんから取り出して、手紙を開く。
ん?
思考が完全に停止する。
えっと……?
なに……これ……?
その手紙には1行目から目を疑う内容が書かれていた。
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さくらへ
俺は、今から11年後、つまり
未来から来た[未来人]です。
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