二つ目の来客

 翌朝、ダンはカニーを助けた川に戻り水浴びをした。

 それとイーサ、フルネームはイーサ・フルラ。フルラ家の好意によりもらった黒パンを食べ、村に戻った。

 昨晩のイーサとの会話で村の名前も知った。オジン村、当初はアネーカを目指していたのだが、旅路の途中で悪天に見舞われ進路変更を余儀なくされた。

 アネーカを迂回する形で、途中にあるオジンに立ち寄ったのだが、ここにも訪れる可能性はあったので問題はない。

 目的は人探し、ダンとまともに戦えるものを探すこと。名前は――。


「リュミル……、フェリミーアだったかな」


 ダンが小さく言う。剣の天才、神の子リュミル。

 シュレーナで人に『この国で最も強いのは誰だ』。そう問えば幾つかの名前が上がる。だがこと剣に関して言えば誰もが口を揃えてこの名を上げる。

 齢十六にしてその称号を与えられる程度には彼は卓越した剣技を身に着けている。

 ただしダンからの評価はそこまで高くない。いくら腕が立とうとも戦場で振るわれるのは美しい剣舞ではなく、ときに泥にまみれても命を奪い、生き延びる業だ。

 そういう意味でリュミルの評判に聞こえるのは、やれ軌跡が綺麗だ舞っているようだなどというものばかり。

 なのでダンは最初、他の人間を探そうとした。しかしシュレーナ一の事情通、ペッシュという大商人が強く押してきたのだ。

 いわく『あれは本物』だと。

 その言葉を信じてダンはここまで来た。二週間もかけたのだから、期待せざるをえない。


「頼むぞー……」


 とはいえ懸念が一つ。


「これで空振りだったら笑えるな」


 渋い顔をするダン。

 アネーカやオジンを目指したのはペッシュから得た情報が元である。リュミルはある傭兵団に身を置いているという。そこに寄せられた帝国からの依頼で、アネーカに起きた怪異の調査をしに旅立ったらしいと。

 タイミング的に間に合うか怪しかったのだが、シュレーナで待つとそれ以上の日数を要するため会いに行くことにした。

 そのついでに何人か、武勇で有名な人間を当たったのだがどれも噂が勝るものばかり。ダンの御眼鏡に適う強者はいなかった。

 そういった経緯でリュミルに対する期待は膨らんでいるが、同時に不安も募っている。

 そして最悪は会えないこと。ダンたちがぶつかった悪天候で、向こうの足取りに支障が出ていないか。場合によっては引き返しているかも知れない。


「それにしても……、うむぁ」


 大きなあくび。イーサの質問攻めは深夜まで続き、普段は早寝のダンにとっては少々つらいものだった。

 しかも朝になってイーサを家に送ると、二人の親から強い叱責を受ける始末。その時ばかりは相手がダンとわかっていて尚、怯むことなく襲いかかっていた。

 しかし一番怒られていたのはイーサに他ならず、ダンは巻き添えを食った形である。

 そうしながらゆっくり村に歩いてくダンだが、進む先から人が来ている。


「おい!」

「……ミィか」


 旅の同行者、気が強いグリア人の女であるミィが近づいてきた。


「お前も水浴びか?」

「いや違う」


 ミィの顔はどうにも真剣なもので、切羽詰まったようにすら見えた。なのでダンも顔が強張ってしまう。


「どうした?」

「実は……」


 ミィはうつむき、なにかを言いよどんでいる。ダンも徐々に心配になる。

 しかし。


「来たぜ」


 パッと明るくなったミィの顔、華が咲くように人を引きつける笑顔。だが今のダンにとては苛つくものでしか無い。


「あん?」

「そう怒るなよ、やっと来たんだから」


 そこまで言われダンも合点がいく。


「――まさか」

「ああ、って……。早っ」


 ミィを捨て置き、ダンは一直線に村へと駆けていった。

 それを見送り、背中に小さく声を駆けたミィ。


「さて、どうなのかなー。天才君は」

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