彼女

「――へえ、そんなことがねえ」

「ああ、あたしもやっぱり人が死ぬのを見過ごせなかったっていうか? 義侠心っていうかなあー!」


 酒が進むになり饒舌になっていくミィ。だがダンが一つ聞く。


「けどよ、こいつのビビリようはなんなんだ?」

「そうだな、命の恩人にしちゃあ変だよな」


 同意するセニーリ。そこにペッシュが必死の形相で待ったをかける。


「もういいだろ! なにかようがあるんだろ? その話をしようぜ」


 それまでとまた一段と違う慌てぶりに二人が驚く。そしてミィを見たが、今度はミィも様子が変だった。

 ワインの杯を手で持っては、宙を見て不機嫌そうにしている。


「な、なんだ……?」


 聞いてはいけないことだったかと、セニーリが焦る。


「こいつはよ……」


 けれどもミィがぽつりとつぶやき、更に話す。


「こいつは……」


 語気が強まる気配を感じたセニーリはペッシュを見る。ここにきて顔が青くなるペッシュ。そしてミィが大声で言う。


「あたしの『女』に手ぇだしやがったんだ!」


 ミィはバイセクシャル、両性愛者だ。

 ペッシャがミィに助けられてからまた数年後、シュレーナに居を構えて商売も軌道に乗っていたペッシュ。彼はこのころから女遊びに励むようになり、道端でみかけては金をちらつかせ家に連れ帰っていた。

 ある日、彼は酒場でほろ酔い気分だった。

 ふと見渡したとき、一人の女が目に入った。それは美しいミニア人の娘だった。黒いウエーブのかかった髪の毛に儚げな見た目、そして知性を感じさせる顔つき。

 全てがペッシュの好みに合致しており、すぐさま声をかけた。

 彼女はマレーザと名乗り、しばし会話していた。だが酒が進むに連れだんだんとペッシュはしつこく絡むようになっていき、やがて家へと誘いだした。

 それをやんわりと断るマレーザであったが、控えめな彼女を良いことに、ペッシュは強引に手を引き出した。

 周りの静止に聞く耳を持たず、酒場の入り口まで来たときなにかにぶつかったことに気がつく。

 顔を上げたとき、そこにいたのは怒りに震えるミィだった。


 次の日、街にいたのは顔を真っ青に腫れ上げたペッシュの姿で、それからしばらく彼は女遊びを控えるようになり、同時にミィに対し異常なトラウマを持つことになったのだった。






「最低だな」

「屑だな」


 話を聞き終わった男二人が、口を揃えてペッシュを非難する。


「あれは……、間違いだったんだ……。まさかこの女の、女だったとは……」


 うつむいて震えるペッシュ。当時のことを思い出したようで、うわ言のように繰り返す。


「ちなみにミィ、その彼女とは?」

「もう別れたよ」


 さらりと返すミィ。そこに未練は見えない。


「あれもいい女だったけれど、あたしも一所に落ち着かないからさ。最後はそれぞれの生活に戻ったのさ」


 それに、と付け加える。


「今の皇帝になってからその辺に厳しくなってさ、だからこの街は嫌いだね」


 ミィの遍歴はともかく、そういう経歴を経て今現在ミィはペッシュに対して恩と、精神的優位性を獲得している。

 それについてダンが一言物申した。


「けどな」

「うん?」

「こんなヘコヘコしたやつの世話にはなりたくねえ」


 急に不満を言うダン、人に頼ることは厭わないが腰の低いペッシュをこき使うのは我慢ならないらしい。


「って言ってもなあ……」


 ミィもとうに許してはいるが、このままのほうがなにかと楽なのだ。


「こいつに頼りになるわけだし、ここいらで手打ちにしても良いんじゃねえか?」

「……」


 ペッシュにも当然聞こえている。だがここで彼が口を挟むのは賢い選択ではない、今はミィの決断を待つだけだ。

 ミィも唸って考えている。損得、今後への影響。確かにこれからもこういった態度でいれば、いつの日か背中から襲われかねない。

 一時の流れで捨てるには惜しいカードだが、このあたりが潮時かもしれない。

 そうと決まれば早い、杯に残っていた酒を飲み干すと力強くテーブルに叩きつける。安くもない杯が壊れないかと心配するペッシュだが、それ以上にミィに目を向ける。


「……あたしも鬼じゃない、それにいつまでもグチグチ言うのも本当は好きじゃない」

「……」


 ゴクリとつばを飲むペッシュ。


「だから、この酒に免じてあの二つの借りは今日でチャラにしてやるよ」

「――本当に?」

「二言はないよ」


 それを聞いたペッシュの頬に一筋の涙が伝う。


「長かった……」


 開放を噛み締めているペッシュ。それを見てミィも、理由はさてあれ彼を随分と苦しめていたのだとやや反省した。

 しかし。


「――いやっほおおう! やったあー! サーリ、追加の酒だ。肉ももってこい!」


 浮かれて騒ぐペッシュ。心配になりセニーリが改めて聞く。


「あのー、頼み事を聞いてくれるってことでいいんだよな?」

「あーん? ああいいよ、よっぽどのことじゃなきゃあ話は聞くよー」


 まだ説明もしていないのに二つ返事をするペッシュ、明らかにまともに受け止めていないようだ。

 そこでミィが声を掛ける。


「あのー」


 いつもよりワントーン低い声。それだけでペッシュの反応は激的だった。


「!」


 後ろを向いてサーリと話していたのだが一瞬で反転し、目は大きく見開かれる。


「あとでちゃんと説明するから、それからようく考えてくれよ……、な?」


 穏やかな微笑みを送るミィ、それでもペッシュは人形のようにコクコクとうなずく。彼女への苦手意識が無くなるには時間がかかるようだ。

 それでペッシュが少し尋ねる。


「ちなみにー……、どういった類のお悩みで? さすがに金は条件次第になりますよ」

「人探しだよ」


 ダンが言う。そして他に聞く。


「そろそろ教えていいだろ、そいつの名前は?」


 セニーリが答えた。


「それは――」

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