昔話

「相変わらず良いもん食ってるなあ!」


 ミィたちはペッシュの邸宅の、来賓を迎える広場で遅めの昼食をとっていた。

 外の庭木が見える、開放感のある部屋に置かれた白い石の長机にはパンと多種の果物が並べられ、特性のぶどう酒と焼いた肉が浮かぶスープがある。


「うめえー、これがシュレーナのご馳走かあ」


 口いっぱいに頬張るダン。それを見てペッシュが小さく悪態をつく。


「下品なグリア人が……、これは貴族をもてなすためのとっておきだったのに……」

「どうせそれで儲けてんだろ、ケチケチすんなって」


 ミィが煽るとそれだけでペッシュが黙り込む、いい加減気になっていたセニーリが話を伺う。


「なあ教えてくれよ、どうしてお前がそこまでこの商人様に強くでられるんだ?」

「おい、それは……!」

「まあまあいいじゃあないか……」


 止めようとペッシュは声を荒げるが、ぶどう酒を飲んでいい気分になっているミィは大げさに、吟遊詩人のように話しだした。


「あれは今日みたいな暑い日だった――」

「……曇りだったよ」


 ペッシュの顔に干しぶどうが飛ぶ。






今より数年前、ミィもまだ血気盛ん――そこまで違いはないが――だったころ。

ペッシュもまた駆け出しであり、近隣諸国を回っては珍品を漁りながら将来の顧客や伝手を増やしていた。

その日は交渉がうまくいき、健康な奴隷を安価で入手でき上機嫌だった。

普段はキャラバンとして隊を組んで行動していたのだが、すでに出来ていた得意先に届けるためにペッシュと、護衛に雇った二人の傭兵を連れてシュレーナから別の街へと向かっていた。

だが泰平の世であったジン帝国とはいえ、野盗のたぐいはそこ各地に存在している。それこそ商人を襲い物品を我が物とするべく悪逆を行っていたのだ。

そこにきて警備のゆるいペッシュは格好の餌食であり、しかもシュレーナにいた時から目をつけられていて傭兵の一人が野盗の一員という仕込みようだった。

野盗は手はず通り、シュレーナと目的地の中間ほどで行動を起こしまずは置き石で馬を止めた。御者はなにも知らない雇われだったが、それが様子を見に行く間に野盗であった傭兵がもうひとりを殺害した。

荷車の中でうたた寝していたペッシュが声を聞いて外に飛び出た時には、すでに御者も取り押さえられ傭兵含む五人の野盗が車を取り囲んでいた。

それらはペッシュに荷車の引き渡しを要求し、命あってのなんとやら。ペッシュは泣く泣く首を縦に振った。だがそれを優しく逃してくれるような甘い世界ではなく、彼自身も殺されかけていた。


 だがその時、積み荷を確認しに言った一人が叫び声を上げ静かになった。

 もう一人が様子を見に行くと、眼前に売り物の壺が飛んできて意識を失った。

 何事かとあとの三人とペッシュ、それと御者が荷車の奥を見ていると酒に酔っ払ったミィが姿を表した。

 彼女は客でなければさりとて売り物でもない、ただ酒の匂いにつられ勝手に荷車に忍び込んで売り物の酒をあおっていたのだ。

 普通であれば叩き出され、場合によっては憲兵に連れて行かれかねない状況だが、ここではペッシュにとって救いとなった。

 酔っていたミィは状況を確認するよりも前に、野盗二人を蹴散らし外に出た。残り三人も女ではあるがグリア人相手には油断ならず、ミィの反応を伺っていた。

 しかしそこで御者が機転を利かせ(自分が逃げ延びるため)馬を走らせた。一歩先に気がついたペッシュも飛び乗り、身体能力に優れるミィが続いた。野盗も追いかけようとしたが、荷物を投げつけられやがて断念した。

 それから置き石を避けて横道に飛び込み、幾多の幸運に恵まれ無事目的地へたどり着いた。

 積み荷の過半は投げ捨てられた代わりに、ペッシュは命を拾いミィに多大な恩を作ることになったのだ。

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