閑話~王宮にて~

会議室

ジン帝国首都 シュレーナ王宮の一室


 大きな長机が置いてある会議部屋、焦げ茶色の木材を金色の金属で装飾がなされたそれには十一人が向き合って座っている。

 そのうち十人は長方形の長い辺にいるが、一人だけいわゆる上座に座っている。

 それこそが広大な大地を統べる、ジン帝国ロレリア王朝の現国王。クーラン・オドミ・ロレリアその人だ。

 今は王冠こそ被っていないが、ジン帝国で最も尊い色とされる真紅の上着を白のチュニックの上に着ている。

 しわ深い縦長の顔にウエーブがかった白髪、そして権威の証である長いヒゲを鼻の下と顎に蓄えている。

 余談だがジン帝国、シュレーナでは一般人が長いヒゲを生やしていると、罰金を払わねばならないという法律がある。

 クーランはそのヒゲを手でしごきながら、むうと言いながら他の大臣の言葉を聞いていた。

 今喋っているのは軍部司令官のディターニだ。背丈のあるスキンヘッドの男には鼻の頭に切り傷があり、昔に戦場で受けたものである。


「――以上が先行部隊の報告であります、陛下。北方アネーカ、記録では二万五千人いた我がジン帝国国民はその一人も残さず行方をくらましております」

「一体何があったというのだ……」


 別の政務官が言った。

 つい先日のことである、税の取り立てに向かったものがアネーカに起きた異変に気がついた。五百人弱という人口の、取り立てて特徴のない、いわゆる“どこにでもある村”だ。

 ゆえにここ目掛けて進行してきたとは考えづらく、巡回の兵士が発見するまで一切の報告がないというのもおかしい話だ。

 なにより調査によると家屋への被害が皆無で、王家への求心力の低下からの集団逃亡と考えるのが妥当と会議では話されていた。

 ディターニは更にこう付け加える。


「方角から考えればグリア人、または他の民族の侵攻が考えられますが、いずれも前線基地からは変化がないとのことです」

「そうか、報告感謝する。ディターニ」

「滅相もありません」


 深々と頭を下げたディターニ。しかしその下の顔に敬意はないことをクーランは知っている。そしてディターニの言葉はここで終わらずに、こう付け足す。


「しかし……、仮に王家へ反旗を翻すことになれば、王はどのようになさるのでしょうか」

「……なにが言いたいのだ、ディターニ」


 口を挟んだのはベニタスという男。彼は内政の最高責任者の執政官でありクーランの右腕である。痩せぎすで、極端なわし鼻が特徴である。

 ベニタスはディターニを伺うように話す。


「いえ、王の威光は強大なれど、ここより遠方なればその輝きも鈍るのでは、と」

「それは王への侮辱ではあるまいな?」

「まさか」


 ベニタスの語気が強まるが、ディターニは気にもせず続ける。

ディターニの一族は代々この王朝に縁深い、そしてディターニ本人は先代の王を特に尊敬している。なので平和主義とも言われるクーランの施策などについて、不満を部下などに時折漏らしていた。

 そしてこの機会を待っていたとばかりに攻勢に出る。


「先代国王が御わした時にはその威を武でもって、あまねく全土へと轟かせておりました。それに比べますと、クーラン様は少々“お優し”過ぎますとも」

「少し言葉がすぎるぞ」


 二度目の静止は先程よりも鋭く、剣呑な空気が流れる。

 だが他の政務官たちも反応は鈍い、というよりも様子をうかがっているのだ。

 先代国王を敬う者はディターニに限らず、王宮には一定数いる。

 ロレリア王朝が開かれて、クーランで四代目。先代の王は二代目の国王を引きずり下ろす形で王位を継承した。そしてクーランはその甥にあたる。

 これは先代が残した言葉により元老院と教会の承認を受けて即位したのではあるが、その経緯には血で血を洗う政争が行われた。結果として多くの派閥から支持を得たクーランが現在は王位に着いている。

 しかし対立していた勢力には未だ不満が残っており、こうして反論に値する材料があればすぐにでも継承争いへと発展しかねない。

 なれど国民からの信頼も厚いクーランを脅かすにはどれも足らず、この場でも他の人間がディターニの援護をすることはない。

 やがてディターニも言葉を弱めて、頃合いと見たクーランがやっと言葉を放つ。


「国を憂うディターニの思いはしかと受け取った。だが今は現状への対処を優先せねばなるまい。まだ反旗とわかったわけではないのだ」

「……そうですな、お騒がせして申し訳ありません」

「よい。――では話を進めよう。神殿、そして元老院はなんと言っているのだ。ベニタスよ」

「はっ」


 ベニタスが頭を深く下げた。それから淀みない、聞きやすい響く声で話し出す。


「元老院はオーローアによる謀略を示唆しております」

「地理的には考えにくいが……」

「ですが我が国の民を併合せんと策略した可能性も否定できません」

「そうだな、では神殿は?」


 そこでベニタスは一息置いた。その顔にはただならぬ気配を察しクーランは身構える。ベニタスは恐る恐るといた様子で、報告が書かれた羊皮紙をめくる。


「悪魔による行為であるというもの、突然変異した魔獣によるもの。様々な意見があるようですが、いずれも怪異の兆しと考えているようで、早急な対処を求めているようです」

「はっ、普段は籠もって祈っているだけの者たちになにがわかる」


 ディターニは教会の政治介入に否定的な意見を持っている。

 だがクーランはそれを手で制し、自分の知見を述べた。


「どういった経緯、原因にせよ我が愛する民を脅かしたのであれば、その守護者としてすべきことは一つである」

「では軍団の形成を……」


 前がかりになったディターニ。


「いや、まずはオーローアの侵略を警戒すべきであろう。防備を強化するよう、各位に通達するが良い」

「……了解いたしました」


 ディターニは不服な態度を隠さない。


「この話はここまでだ、次の話題は……。ジュラーだな、ベニタス」

「そうです陛下。こちらも私から報告させていただきます」

「よかろう」

「では……」


 改まって話し始めるベニタス。


「前々より調査を行っていた、ジュラーについてであります」

「ローの奴が死んだというのは本当か」


 別の政務官が尋ねる。


「ほぼ間違いありません、戦線に彼奴を見かけなくなって二月。それ以後一度も姿を表したことはなく、またジュラーに兵が増員されたとのことです」

「あれが死ぬ、殺されたなどとありえるのか」


 ディターニは理解が出来ないという風に話す。

 軍事の責任者であるディターニは幾度もジュラーに進行し、そのたびにローによって退けられ苦汁をなめてきた。

 だからこそローの強さを知り、また認めていた。


「そちらについては一切わかっておりません。噂によればローは軍団ではなく、一個人に破れたとも」

「馬鹿な! ありえん!」


 ディターニが叫び、他の者達もどよめく。

 それを諌めるようにベニタスが机を二度叩いた。


「お静かに皆様。未だ噂の段階で、真偽は確かではありません。他国の撹乱である可能性も否めず、またそのような個人が無名だというはずがありません」

「では虚偽の情報であると?」

「いえ、軍勢が動いたとは聞こえてこないので、現状は後者の意見が有力であることに変わりはありません」

「なんと……」


 全員が息を呑む、しかしクーランは別の考えであった。


「だが、それほどの強者がいたとして、ローを倒したということはグリアに有効的ではあるまい」

「……そう考えられます」

「ではそのものを見つけ、我が国への忠誠を確認せねばなるまい」

「民として受け入れると?」

「うむ、逆にオーローアなどに奪われては困るであろう」


 そう言い、ディターニに支持する。


「それを探し、我が国へ害無しと判明した暁には丁重に連れてくるが良い」

「抵抗した場合は?」

「我が国への脅威となってはいけぬ、捨て置けはしまい」

「了解いたします」


 そこでクーランは声を少し大きくし、全員に話しかける。


「これにて会議は終了だ、みな参加に感謝するぞ」

「勿体無い言葉です」


 ベニタスがいち早く返事をし、他も続く。クーランも後をベニタスに託し、先に部屋を後にした。

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