新の5分間

 私立高校の3年間。

 あらたは一度も、彼女をまっすぐ見ることができなかった。


 合格確実の公立高校を、彼女は意図したように落とした。


「そんな事、頼んでない」


 まるで自分が憐れまれたような——ぶつけどころのない情けなさ、悔しさ。

 激しい屈辱感を抑えきれず——彼女を冷たく突き放した。



 そのまま、二人の距離は広がった。

 呆気ないほどに。



 試験の度に——

 最後の5分が来る度に、新の胸はギリギリと痛んだ。


 俺は、彼女のために、この解答を白紙に戻したりできるだろうか?


 それが、どれほど苦しい選択だったか。



 本気で勉強し、今度こそ第一志望に合格し——

 彼女と、もう一度笑いたい。

 そう思った。



 高3の3月。合格発表。

 合格を確認したその場で、新は彼女に電話をかけた。


 何度かけ直しても、彼女は出なかった。



 卒業式を終えた3月末。

 新は、彼女の家を訪れた。

 中学の頃、家まで送った記憶を辿った。


 彼女の母が出てきた。


「高澤 新と言います。

 ……唯さんは」


「高澤くん?

 唯、お別れ会って友達と出かけてるのよ」


「お別れ会?」

「ええ。唯、明日ここを発つの。大学は横浜だから」


「——」

「——あの子が帰ってきたら、伝えておくわね」


「いえ……」



 新の様子に、母親は少し微笑んだ。


「唯、明日の15時35分発の電車で発つ予定だから」




 翌日、15時30分。

 駅の入り口で散々迷った挙句、新はホームへ向かう階段を駆け上がった。


 大勢の人の中、彼女は見つからない。



 最後の5分。


 この機会を失えば——きっともう、彼女には会えない。



「……唯。

 唯————!!!」


 渾身の力で叫んだ。


 不意に、後ろからぐっと手を引かれる。


「やめてよ、そんな大声!」


 懐かしい声。

 振り向き様に、その華奢な肩を抱きしめた。


「唯。

 ごめん。

 俺、また唯と笑いたい。

 だから……」



「時間ない」


 一言呟き、彼女は電車に飛び乗った。

 ドアがゆっくりと閉まる。



 車窓の奥、伏せていた顔が上がった。

 彼女は、片手を握って耳元へ寄せる。


『続きは電話で話そう』


 昔と変わらぬ微笑みが、口元に蘇った。





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最後の5分で選ぶ道 aoiaoi @aoiaoi

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