合図

 殺人鬼は見失ってはいなかった。地面に残る血痕を辿って近くまで来ていたのだ。しかもさっき肩に触れたときにうめき声を発してしまっている。

 その結果が目の前の斧だ。

 淡い月の光を鈍く反射しているそれは、お前を刈り取れなくて残念だと言わんばかりだ。


 鼓動が爆音のように頭に響く。

 目の前の木々の間を殺人鬼が旋回していた。その動きに合わせて必死に視界に入らないようにする。草を踏みしめる音と漏れてしまう声とでポールは確実に追い詰められていった。


 数本先にまで迫ったとき、ブザー音が周囲に響き渡った。

 中央の柱にある電灯が光っている。作業を終えたことの合図だ。


 ここで飛び出して全力で走りたくなる気持ちを必死で抑えた。相手は飛び道具を持っている。かといって振り返りながらだと追いつかれてしまう可能性が高い。必死に我慢した。


 奴は合図音を耳にしてそちらを向いた。その一瞬の隙を突いて、より安全そうな岩陰へと移動する。

 そこにはちょっとした木箱が置かれているのに気が付いた。殺人鬼はポールを追いかけ続けるか、脱出口へ移動するか迷っている。音を立てないように注意しながらそっと蓋を開けると、そこには医療キットが入っていた。必死に応急手当てを施すと、痛みが引いていった。


 あとは脱出口まで辿りつけたら──みんなは無事に出られたのだろうか。

 眼光がこちらを捕らえたかに思われたが、諦めたのだろう。移動しはじめた。


 そもそもポールは脱出場所を知らない。闇雲に動いても仕方がないのは承知していた。

 あいつに付いていけばすんなり出られるかもしれない──しかし、かなりの危険を伴う。それよりは壁伝いに行ったほうが遠回りにはなるかもしれないが、安全だろう。


 殺人鬼が悠然とこの場を離れていくのを尻目に、ゆっくりと壁に沿って歩き始めた。

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