身代わり

 向日葵畑に向かって走り出すアリスを追いかけた。

 それがどれだけの危険を孕んでいるのかは誰にでも想像に難くない。しかし、彼女は次に捕まってしまうとパメラと同じようなことになってしまう。それだけは避けなければ──

 助ける前に殺人鬼とすれ違った。もしかしたらトミーやクリスが注意を引き付けているかもしれない。


 ポールは必死に考えながらもアリスの後ろを走る。

 そして、いつもなら気付くはずだった。眼前の彼女にばかり意識を集中していたあまり、見つかってしまう。


 咄嗟に首を右に傾けると、耳のあたりに風が通り過ぎる。


「きゃぁ!」


 彼女が一撃を喰らったようだ。


 次はないんだ──


 迷っている暇はない。声の方向へと駆け出す。


 周囲の向日葵が踏み荒らされていた。ところどころに血痕が見える。薙ぎ倒された跡を辿ると、彼女の姿を捕らえた。自分との間に奴が居る。鉈を振り回し、ときには斧を投げつける。

 脇のあたりに血が滲んでいた。蛇行して必死にかわしてはいるが、徐々に距離が縮まっていく。ポールは必死にその間に割って入ろうとした。

 殺人鬼は彼女に執着しているようで、なかなか身代わりに追いかけられない。


 こうなったら──


 強引に飛び出した。


「そのまま逃げるんだ!」


 ポールの声が届いたのだろうか、アリスはそのまま左方向へ駆け出して行った。

 奴はその様子を確認したが、眼前の男を見つめた。心しか目を細めているように思える。三日月状に漏れる光が残忍さを物語っていた。

 蛇に睨まれた蛙とはこんな感じなのだろうか──身体が固まって動けない。


 熱い感覚が肩を包む。

 噴き出す液体で我に返った。更に目を細め、口角が上がる。このままでは確実に捕まってしまう──


 次の瞬間、壁際に向かって駆け出した。反射的にアリスと背中合わせになる向きを意識したからだ。

 斧が前方に向かって吸い込まれる。振り返りながら走るから全力疾走ではなかったが、前だけを見て走ると相手の挙動が分からない。飛び道具を繰りだしてくる以上仕方がなかった。


 時にはしゃがんだりして殺人鬼の視界から逃れることに必死だ。

 俵上になっていたのは干し草だろうか。その陰に隠れて息を整えようとする。負傷した肩を治そうとポケットに手を突っ込んだが、応急手当のセットはなかった。


 血が止まらない──


 辿られては場所が判ってしまう。できるだけ草叢の上を通って暗がりへと進む。

 痛みでうめき声が漏れ続けた。我慢したくてもできないのだ。幹部にそっと触れると血が溢れ出る。止めることはできそうもない。


 撒いたか──希望を見出みいだした時、右前方にある幹が揺れた。斧が喰らいつくかのようにぶら下がっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る