『一筆』

にとっての『筆』、か。」


 10年前、爺さんに言われた事が、ふと思い起こされた。


「たった一言……いや、一語で良い。

 一筆、したためてみると良い。

 ……おや? できないのかね。

 そこへ座ると良い。」


―――――――――――


 その日、いつも縁側で黄昏たそがれている爺さんに呼び止められた。


苦心くしんしとるの……たまには、息抜きも、必要じゃぞ?」

「あぁ、はい。……疲れているように見えます?」

「ほっほっほ。自分が一番知っておるじゃろ?」

「……まぁ、気を付けます。」


 それから、しばらく声をかけてこなかった爺さんは、文机ふづくえで筆をるようになった。

 ……と言っても、何文字か書くと紙をクシャクシャにしていたが。


「爺さん、何を書いているんだ?」

「ん? 偶感ぐうかんじゃ。」

「グーカン?」

「何じゃ、知らんのか。」


 爺さんは目を閉じ、黙考してしまった。






 数日後、爺さんは縁側の柱にもたれ掛かるようにして、寝ていた。


 文机には、文鎮で押さえられた半紙。筆のかわき具合を見ると、つい今しがたまで使っていたようだ。


 たった1文字書くのに、どれだけかかったんだか。


 そんな呆れのような事を考え、爺さんを見る。


「爺さん?」


「……」


 花びらが肩に、ふわりふわりと―――





















           ――――――――――


       ちなみに爺さんは、寝ているだけです。


           ――――――――――


 ※ 認める:(この散文中では)文章を書く

   文机 :書き物や読書をするための和風の机

   偶感 :ふと心に浮かんだ感想

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