国境

ポムサイ

国境

 俺は密かな挑戦を続けている。それはアイツを笑わせる事だ。

 

 およそ10メートル先に立つアイツは無表情でいつもこちらを見ている。歳は俺と大して変わらないだろう。

 

 この国境に配属されて2年。仲の悪い国との国境は常にピリピリとした空気が漂っている。

 

 警備は3時間毎に交代するのだが、ほぼ毎日アイツとは顔を合わせる。1年程前からあの仏頂面を崩してやろうと変顔や小道具を使ったモノボケをしているのだが一度も笑う事はなかった。


 そして、その挑戦も今日で最後である。

 

 我が国は本日14:00をもってアイツの国に宣戦布告する。敵国に悟られない様に通常通りの行動をするようにと上から言われている。


 時間は13:55。後5分しかない。


 俺は今まで出来なかった大きな動きで笑わせる事にした。我々の仕事は直立不動が基本だ。しかし今はそんな事はどうでもいい。どうしてもアイツを笑わせたいのだ。


 この最後のチャンスの為に俺は有りとあらゆるギャグをネットで調べ上げた。その結果東洋の島国の動きのある幾つかのギャグを実行する事にした。


 まず、脚を肩幅に開き腰をおとす。背筋は真っ直ぐ、更に肘を90度に曲げ手は親指を立て人差し指を前に出す。そして大きな声でこう叫ぶのだ。


「ゲッツ!!」


 アイツの表情は微動だにしない。


 ダメだったか…。


 本来は黄色いスーツで行わなければならないのだが軍服では効果が少なかったと見受けられる。


 俺は早速次のギャグを繰り出す事にした。


 右足をやや前に上半身を軽く前のめりに、下顎を前に出し肘を水平より気持ち上に指先を真っ直ぐ克つピッタリと付ける。それを顎の辺りに素早く近づけながらこう叫ぶ。


「アイーン!!」


 アイツの眉毛がピクリと動いた。


 今まででは最高の反応だ。だが、俺はこんなものでは満足はしない。残り3分…急がねばなるまい。


 次のギャグは実に高度だ。腕を体に沿わせ手のひらを地面に対して平行にする。膝を軽く曲げ、腰の位置を変える事なく膝をこう言いながら回す。


「ライライラライラライライラライ…」


 本来はこの動きから発展するのだが、一晩でマスター出来た動きはこれだけだ。


 アイツの口元が弛む。これだ!この動きだ!俺は何度も同じ動きを繰り返す。アイツの肩が小刻みに震えている。もう一息だ。


 その時、俺の後方から無数の飛翔体がアイツの国に向かって飛んで行った。どうやら時間切れのようだ。


 アイツは一瞬放心したかと思うと俺に向けて小銃を構えた。


 やってしまった。俺はこのギャグをやるために小銃を足下に置いてしまっている。


 俺は目を閉じて死を覚悟した。もちろん無念である。だが、1年も全く笑わなかったアイツを少し笑わせる事が出来たのだから悪くはない。


 しかし、いつまで経っても…とは言え数秒だが、一向にアイツは撃ってこない。目を開けるとアイツは小銃を降ろしていた。


 そして、満面の笑みで親指を立てると走って詰所奥へと消えて行った。




 

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国境 ポムサイ @pomusai

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