第5話初めてのお使いと犬耳少年

ソラと家族になって1年が過ぎた。


「ハル、ソラ、そろそろ社会勉強をしてもいい歳だろう。二人でお使いに行ってみないかい?」


朝食の席でお父様が提案してきた。

前世からの記憶がある私としては「は?この歳でお使い?余裕過ぎるわ」と鼻で笑えるのだが、ちらりとソラを見ると不安そうな顔をしてる。


やだ可愛い!うちの弟、めっちゃ可愛い!猫耳垂れてる、プルプルしてる!今すぐ抱きしめていい子いい子したいっ……落ち着け私、今は食事中だ、冷静になれ…


「大人になって社会で生活するようになるとルールやマナーはもちろん、世間の常識や一般教養も学ばなければならないの。その一歩としてお母様とお父様は貴方たちにお使いを経験して欲しいのよ」

何故かお母様は目を伏せて涙を堪えている。

「獅子は我が子を千尋の谷に落とすと言う…お父様とお母様はお前たちの事を思ってお使いに出すんだ、分かっておくれ…」

お父様まで目に光るものがある。



いや、大袈裟過ぎやしないかい?

お使いひとつで獅子って…いや確かに猫科だけども。



涙腺の弱い両親に呆れながら先程まで不安そうにしていた可愛い弟を盗み見ると、何故か拳を握って決意したような顔をしている。両親の意思は俺が引き継ぐ!と言わんばかりの気合の入った表情だ。


「お父様とお母様の気持ち…伝わりました。俺、伊集院ソラは伊集院家の人間として立派にお使いを果たして見せましょう!」

ぐっと拳を上に突き上げて椅子から立ち上がりソラは高らかに宣言する。

「良く言ったソラ!それでこそ立派な大人の男だ!」

「格好いいわよソラ!こっち向いて!」

お父様はソラを褒め称えてるしお母様は食事中だと言うのにビデオカメラを手に、ソラの勇姿を撮影してる。


うそん、間違ってるのは私の方かい?

え、なに、この世界のお使いは子供二人で海外までいかせるような大掛かりなお使いとか?

というかソラもお母様も食事中です!お行儀悪いよ!

比べて私、偉い!どんなに動揺してもリアクションは心の中に留めています。


「お使いに行く先を発表しよう……隣街のデパートだ!」

私の予想は見事に外れた。


マジでただのお使いじゃねーか。

何でそこまで泣けるんですか、貴方たち。それこそ小さな子供を奉公に出さなければいけない親並みの…下手したらもう今生の別れですくらいの泣きっぷりなんだけど。お使いだよね?

年始辺りに特番で放送されるような、スタッフさんがバレバレな変装してついていくようなほのぼのしたあれだよね?ドナドナされるわけじゃないよね?

獣耳の生えた人間の世界で暮らし始めて1年になりますが、いまだに分からないことだらけです。











△△

「ハル、手を離すなよ?迷子になったら大変だからな」

そういって手を引かれ私はとことこついていく。


なぜかソラたん、めっちゃ張り切ってる、可愛い。小さくても男の子、俺が守ってやんよ的な?

よし、ここは華を持たせてあげよう。


私達は自宅を出て隣町に行くために、電車に乗っていた。たった二駅だけどソラは窓にベッタリと張り付いて私の手を握ったまま外の景色を眺めている。表情を伺ってみればその目はキラキラと好奇心に満ち溢れていた。



始めて電車に乗る子供かよ…あ、子供だわ。電車に興味あるのかな?

あ、猫耳もぴくぴく動いてらっしゃる!本当にもう、うちの弟可愛いわ!相変わらずお姉ちゃんと呼んではくれないけど!それさえもツンデレだと理解してから愛しい、可愛い。


「ハル、次の駅で降りるんだからな?」

「えぇ、分かったわ」


必死に私を引っ張っていこうとしてるんだねぇ……いい子だなあ。

それにしても、向こうの車両にお父様とお母様居るじゃん!心配でついてきちゃったの?

あ、お母様、ビデオカメラ持ってる。確かにはじめてのお使いだけど、バレバレだから!


私たちの乗った車両の1つ後ろの車両に両親の姿が見えた。こちらをチラチラと見てるお父様とがっつりビデオカメラを回してるお母様だ。バレていないと思ってるのだろうか…目立ちまくりである。


ほら周りの乗客さんたちがなんか微笑ましい顔してるよ…駅員さんに注意されないといいけど…。


そんな私の心配を他所に、目的の駅に到着するとソラが私の手を引いて歩き出す。

私はお母様から渡されたピンクのポシェットの中から、切符をだして改札を抜ける。お母様は出発前にそれぞれお金を入れたポシェットを私とソラに渡してくれた。私はピンクでソラは水色。そのなかにはそれぞれ5000円札が入っている。


こんな大金11歳の子供に持たせるなよ、最大で1000円位にしとけよ、とも思ったが買うものはお金持ちご用達の猫耳用のブラシらしい。国産の職人が作り上げたブラシは全国でこのデパートでしか取り扱いのない一品…お値段もそこそこするとのこと。

故に私達は、今、大金を手にしている。



最寄り駅からとことこ歩くと見えてくる大きな大きなお金持ちご用達のデパート。そこが私たちのお使いの舞台だ。

「……広いから迷子になるなよ?」

デパートに入るとソラはぎゅっと手を繋ぎ直して私に言い聞かせる。

「大丈夫よ、ソラが一緒だもの」


寧ろソラの方がはぐれるんじゃないかお姉ちゃんは心配です。


本音を隠しながら笑って見せると、ソラは照れたようにそっぽを向く。その頬が少しだけ赤い。

相変わらずのツンデレである。くそかわ。猫愛だけでなく、ブラコンに目覚めそうだわ…。


仲良く手を繋いで中に入る。目的のお店は5階。

エレベーターを待つよりエスカレーターの方が早く行けるだろうとソラが言うので二人で乗り込んだ。ただ乗りたいだけだろうとは思っても言わない。

そして5階にたどり着いた時、ソラが急に走り出した。繋いでいたはずの手はいつの間にか離されている。


え、ちょっ、これ迷子になるやつ!!


追いかけようとしたが足がもつれ、びたんっと勢い良く転んでしまう。地味に痛い。

手のひらを擦ったらしく、皮が剥けていた。ヒリヒリするけど、ほっときゃ治るだろう。


さて、可愛い弟を探しにいきますかね。全く、無駄に足が早いんだから。今度から二人で出かけるときは離れない様に対策をしなきゃね。


立ち上がってスカートについた汚れを軽く払い、顔をあげると目の前に少年がいた。少年はじっと私を見ている。


はっ!もしかして見事にスッ転んだ情けない姿を見られていた!?

うわぁ…恥ずかしいわー…


「泣かないんですか?」

少年は私を見て首を傾げる。


いや、泣かないよ?転んで泣くのは5歳以下の子供だよ?私、今は前世年齢を足して36歳……じゃなかった11歳だもん、泣きません!


「平気よ、私はもう11歳だもの。転んだくらいじゃ泣かないわ」

「…置いていかれて、怪我して、独りになったのに泣かないんですか?」


おおぅ、こいつ言い直してきやがった。と言うかソラに置いていかれたところから見てたのか。

確かに今の私は独りだけど、ソラの行き先は検討がついてるし問題ない。それよりもこの子も一人なのでは無いだろうか?回りに親御さんは見当たらないし……。


ははーん、分かったぞ少年。

「あなた、一人なの?お父様やお母様は?」

さてはお主、迷子だろう!


私が尋ねると少年は表情を変えないまま視線をそらす。すると髪に隠れていた獣耳が見えた。

ゆるふわな感じで7対3に分けられた髪から覗くのは、グレーの犬耳だ。その耳はプルプルと震えている。


もしかして図星で不安なの!?だからそんなにプルプルしてるの!?と言うか犬耳!犬耳!やだ可愛い!!子犬みたい!みたいじゃない、犬耳ってことはまさに子犬だ、人の形をしている子犬だ!

は?それ子犬じゃない?細かいこと気にしたらダメですよ、大事なのはそう、もふもふ要素があるかないかなのです。

もふもふ いず じゃすてぃーす!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る