1. 空席の理由

 短いようで長かった春休みも終わり、世界は僕らを待ってはくれない。容赦なく学校は始まるし、当たり前のように日々は進んでいく。


 新しいクラスの席に座り、窓の外を眺めながら嘆息を漏らす。明日も明後日も、今日と変わらない日常が、まるで永遠かのように続いていくのだ。

 つまらない。退屈である。この日々をそう思い始めたのはいつからだろう。楽しくて仕方がなかった時期ときの記憶は、こんなにも鮮明に覚えているのに。


 始業式の放課後、僕は雲の流れを目で追いながら、一人そんな事を考えていた。


「なーに黄昏てんだ」


「......別に」


 不意に後ろから声をかけられ、驚いた事を悟られないように短く返事をする。

 内心めんどくさいと思いながら、声の主の方へ体を向けると、見慣れた顔が満面の笑みで立っていた。......ぼーっとしていないで、早く帰ってしまえばよかった。数分前の自分を後悔する。

 こいつとは小学校からの腐れ縁で、出会った時から明るく、男女問わず人気があった。正直、なんで僕のような暗いやつに構うのか意味不明だ。


「何か用か、矢沼やぬま


「うわ、いつも変わらず冷たいねぇ真琴まことくんは。おい、そんな嫌そうにしなくてもいいだろ」


 盛大に溜め息をついた僕を見て、眉間に皺を寄せる。その顔か。

 別に嫌そうにしたつもりはない。反論したい気持ちはあったが、それでは話が進まず、一向に帰れなくなる。ただでさえ、こいつの話は長いのだ。仕方がない、ここは謝っておこう。


「悪かったよ。僕に話したい事があるんだろう」


 その言葉に、矢沼は表情をころっと変え、大袈裟にうなづいてみせた。

 本当にこいつは、小学生の時から何も変わらない。

 考えてみてほしい。話していた相手が、自分の態度で不機嫌になれば、誰しも焦って相手の機嫌をとろうとするだろう。矢沼が僕にしたあの顔は、つまりそういう事だ。

 一体何年友達やってると思ってるんだ。いい加減、普通に、話を聞いてくれ、と言えないのか。僕のの謝罪を返して欲しい。

 矢沼の目を若干睨みつけるようにしていると、満足そうに、またうざいくらいの眩しい笑顔で話し出した。


「お前、立花たちばな妃梨ゆりって知ってるか」


「あ?......ああ」


 去年一年、こいつと高校生活を過ごしてきたが、彼女の名前が出ることは今まで1度もなかった。驚いた。悶々と考えていた事が全て真っ白になるほどに。


 ......立花 妃梨か。その名前を聞いて、知らないと答える奴はこの学校にはいないだろう。入学式から、「新入生にめちゃくちゃ美人な子がいる」と、学校中の噂になっていた。

 間近で見た事はないが、クラスメイト達が彼女について話しているのを何度も聞いた事がある。容姿端麗で、何を考えているか分からないような近寄り難さから、まさに、高嶺の花という言葉が似合う人物だと。

 そんな有名人、人間関係を投げ捨てている僕でさえ知っている。


「今は確か、入院してるんだっけか」


 そう言って、右隣の席に目線を落とす。矢沼もそれを察したのか、その机をトントン、と叩いた。


「あぁ、だがどうも、怪我や病気ってわけではないらしい」


「は?お前何言ってんだ?それなら、なんで入院して......」


 なんで入院してるんだ。そう言いかけてやめた。見上げた矢沼の顔に、さっきまでの眩しさは無く、上がった口角が微かに震えている。

 いつの間にかクラスに、人は居なくなっていて、橙色へと変わりつつある太陽が、窓から僕らだけを照らしていた。


「飛び降りたんだってよ」


冗談のように言ったその言葉は、軽い口調とは反対に、重い重い鉛となって僕の喉の奥に突っかかった。







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