七朝六夜:煉獄から手向ける浄化~1~

――あなたは

  在るべき処へ

  帰りたいのでしょう?


  私は 地獄の番人


  貴方の罪を

  この天秤で以って量るために

  やってきました


  けれども 貴方の罪の種となる

  理を破る理由は

  あまりにも悲しいものでした


  貴方には 未練があって

  だから尚 生き続けている


――本当は いつ安らかに眠れるのかと

  貴方はただ それだけを

  切に願っているのではありませんか?


************************


「だあぁぁっ!!」


 力強く叫んだティオが、片手剣を構えて目の前の敵へと一直線に突進する。

 彼は接近後にすぐさま剣を振ると、魔物に一筋の傷を刻んだ。


 しかし、少年は斬撃を与えた際に妙な手応えを感じた。

 彼が魔物を睨みつけると、相手は低い呻き声をあげただけで痛みをよそに怯んだ様子を見せていない。

 それどころか、まるで粘着性のある液体を切り裂いたかのように、ゆっくりと傷跡は塞がっていき、元の外傷以外見受けられなくなった。


 これまで魔物を発見するといの一番に立ち向かっていたティオが、先駆けの一撃が一切動じない魔物に戸惑いと苛立ちを露わに、一歩後ずさりした。


「くそっ!」

「ティオ君! 一旦後退してください!」


 アーブが冷静に声をかけると、少年は普段の猪突猛進さとは打って変わって素直に指示に従い魔物から急いで距離をとった。


「なんなんだよ、コイツッ!」

「……どうして? 傷が戻ってる?」


 悪態をつくティオの後方では、様子をうかがっていたレーメが固唾を飲み呆然とした口調で呟く。


 この国サンシエントでは魔物の存在は珍しくなく、これまでの旅路でレーメたちは幾度も協力あるいは競い合っては魔物たちを退けていた。


 魔物を見慣れている彼らが動揺している理由は、何も自然に傷が塞がったことだけではない。

 これまでに類を見ない忌避感をもたらす魔物の様相が原因であった。


 魔物の容貌は、彼らがこれまで見かけることの多かった獣型を連想させる。

 しかし、かつて全身を覆っていたであろう毛はゴッソリと抜け落ち、毛の失われた場所からは皮膚が姿を見せている。ティオによる傷は再生したにもかかわらず、全身に至る外傷は再生する気配がない。

 ただれた皮膚を中心に蠅が纏わりついているが、それらに魔物が気を留めている様子がなかった。感覚を失っているのだろうか。


 その様子は、見る者に痛ましさを訴えかける。


 何よりも不可思議な点は、魔物に生気がないことだろう。

 四歩足であっても行く場所の定まっていない虚ろな歩みからは不安定さを感じる。後ろの一足を引きずっているようだ。

 景色すら映し出すことのないがらんどうの瞳は、誰もが覗き込む行為にためらいを覚えるだろう。


 死体が意志を持たずに動いているように錯覚する光景は、少年少女に言い知れぬ恐怖を与えるのに十分であった。


「ああ、あれ。二人は見るの初めてなんですね?」


 戸惑う二人を見かねたのだろう。行先が同じために温泉から彼らと行動を共にしていたファイが、平然とした態度で呟く。


 平時通りの魔術師の様子に、声を裏返らせたティオが詰め寄る。


「初めて、だけどなんなんだあれ? もしかしてこの辺りはこんなのがウヨウヨいるのか?」

「そうですねー。ウヨウヨは大げさですけど、それなりにはいますね。これは、『暁の丘』現象から逃れた生物です」

「えっ?」

「『暁の丘』現象!? なんだそれ!?」


 思いもしない単語が突然飛び出してきたことに、ティオは思わず叫んだ。


 魔物と対峙している最中に『暁』の名を聞くとは思いもしなかったレーメも言葉を失い、目の前の魔物の様子から単語の意味を察して身震いした。


「詳しい説明は後で。これは要素で駆除するものです。物理で攻撃すると、ティオ君が経験した通り。効果は全くありませんよ」

「……さっきのあれか、くそっ!」


 ティオの悪態を聞き流しながらレーメはただれた皮膚に向けていた視線を動かす。顔へと目を向けた瞬間、彼女は魔物と目があったように錯覚した。


「っ」


 濁った瞳のさらに奥底からは、救いを切望するように切迫した感情が見いだせそうであった。胸が締め付けられるような感覚を受けた少女は、息を飲んで手を握り締める。


「要素だけって、どうして……?」

「さっき言ってた『暁の丘』が関係しているのか?」


 見ていられなくなったレーメが、魔物から目を逸らして呟く。彼女はまるで自分が痛みを覚えたとでも言うように眉をひそめた。


「まあ、それはおいおい。そういうわけなので、レーメちゃん、お願いします」


 ファイはそう言って、レーメに魔物の始末を促す。


 先ほどの話であれば魔術師であるファイにでも何とかする事は出来るだろう。そう思ったティオは怪訝そうな表情をしてみせる。


「は? ファイは魔術師なんだろ? ファイにだって倒せるんじゃないのか?」

「先日言った通り、魔術はそう簡単に使えるものではないんです」


 バツが悪そうに苦笑しながら首筋を掻いて見せたファイ。三人はアーブの後ろに隠れていたレーメに視線を集中させた。


「と言うわけで……」

「わかった、やる」

「レーメさん……。無理はなさらないでくださいね」

「うん」


 ティオの故郷での出来事といい今回といい、レーメには負担を強いることが多い。

 素直に頷く少女を気遣い、アーブはその瞳に憂いを見せた。

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