六朝六夜:装壁の魔術師~2~

 レーメの質問と入れ替わりに、それまで考え込んでいたアーブがファイに問いかけた。


「先ほどファイさんは、サンシエントの国認定魔術師とおっしゃっていましたでしょう?」

「そうですねー」

「それでしたら、称号をお持ちでしょうか?」


 まるでファイの様子を観察するように真剣な表情を向けるアーブとは反対に、視線を受け止めたファイはこれまでと変わらず軽い調子で当たり前のように答えた。


「称号ですか? 当然、持ってますよー」

「え?! 称号?! そんなのあるなんて、格好いいな!!」


 新たな単語に目を輝かせたティオが、ファイに詰め寄る。


「なあ、その称号ってなんて言うんだ?」

「食いつき良いですねー。『ソウヘキの魔術師』ですよ」

「そうへき……? 双璧……ですか。二つの優れたもの……と言う意味でしょうか?」

「ああ、それではここではこういうことにしましょうか。よそおいの装に、かべの壁で、装壁です。アーブさんは吟遊詩人なので、こういう言葉遊び、きっと嫌いじゃないでしょう?」

「……。そう、ですね……」


 悪戯っぽく笑いながら口元に人差し指を当てる意味ありげな態度で答えるファイに、アーブは再び俯いて思慮にふけり始める。

 世界を旅する吟遊詩人には、彼の称号に何か思うことがあるのだろうか。普段とは少し異なる彼女の雰囲気を眺め、レーメは不思議そうに首を傾げた。


 普段から口数が少ないレーメと、考え込んだまま無言となったアーブ。沈黙する女性二人をよそに、男性二人は暫く雑談に花を咲かせていた。


 しばらくすると、夕食を食べ終えたファイが席を立ちあがった。


「ごちそうさまです、女将さん」

「はいはい。今夜も散歩するのかしら?」

「うーん、今日は風に当たりに行くだけにします。帰りは早いかもしれません」

「じゃあ入り口は開けとくわね」

「お願いしますね、女将さん」

「あれ? これから外に出るのか?」

「はい。夜のお散歩は気持ちが良いんですよー」

「残ったやつどうすんだ?」


 ファイと女将の会話を聞いていたティオは、未だ食事続けている。

 食事に手を付ける前、アーブに配膳されていた分のいくらかが食欲の旺盛な少年に分けられていたため、彼はこの場で最も量を胃に収めている。


 対して、ファイの席に置かれている幾つかの皿にはまだ料理が残されていた。

 全く手を付けていないものもあり、好き嫌いが見受けられる。

 そんなファイの皿の状況に、レーメは頬を膨らませた。


「……もったいない……」

「あ、残ったもの食べたかったら、遠慮しなくていいですよー」

「そこまで食い意地はってない」

「え」


 許可が下りた直後にファイの皿へと真っ直ぐに手を伸ばしていたティオが、レーメの不機嫌さを伴った断言を耳にして硬直する。


「あはは。じゃあお休みなさい。縁があったら、また明日ー」


 少年と少女の和やかな反応にファイは笑顔で手を振り、そのまま食堂の出入り口へと向かって姿を消した。


 いつの間にか思考の世界から抜け出していたアーブが、胸に手を当てて静かに息を吐き出していた。


「……」

「何、考えてた?」

「え? そ、そんなに考え込んでいるように見えましたか?」

「うん」

「そうだなー、何か深刻そうな顔してたよな」

「ティオが言うなら相当」

「どういう意味だよそれ」


 レーメの呟きに対して、不満そうに頬を膨らませるティオ。

 アーブは頬に手を当てて、吐息を零した。

 やはり普段とは少し異なる様子のアーブに、レーメとティオは顔を見合わせる。


「何かあった? 変態に何かされてた?」

「い、いえ。何もされていませんよ」

「じゃあ何か気になることでもあったのか?」

「そうですね……。ファイさんの称号について、言葉遊びと仰っていたのでどういった意味かと考えていました」

「言葉遊び? 駄洒落みたいな感覚で称号を決めるってことか? なんか嫌じゃないか、それ」

「ふふ、そうですか? それはそれで、遊び心があって楽しそうですね」


 ティオの無邪気な発言に、アーブは堅かった表情を崩す。


「……ごめんなさい、お二人にご心配をおかけしてしまいましたね……」


 少しだけ緊張のほぐれた様子の彼女に、レーメとティオは安堵した様子を見せた。


「エスタまで、あとどんぐらいなんだろうな?」


 話を切り替えたティオがふと呟く。

 普段こういった言葉にアーブがすぐに受け答えをするが、彼女は珍しく反応しない。まだ何か考え事をしているのだろう。


 彼らは結局、各街を巡りながらエスタに行くことを選んでいた。

 アーブの勧めと言う理由もあったが、少しでも様々な情報を手に入れておきたかったことも大きい。


「『暁の丘』について何か聞けると良いよな!」


 ティオはそう言ってレーメに笑いかけた。

 アーブが時折見せるようなどこか儚く上品な微笑みとは異なるが、希望に満ちた真っ直ぐな少年の笑顔は見ているだけで心が晴れ晴れする。

 どこか遠い場所を見ているようなアーブの態度は、どこか不安を誘う様子だ。

 それでもティオの笑顔を目にしたことで、レーメは自分が感じていた不安がほんの少しだけ飛んで行ったように感じた。


 自分の頬が緩むのを感じたレーメは誤魔化すようにティオから目をそらし、最後に残していた料理を口に運び始める。

 デザートと言えば道中では果物を口にしているが、この宿では夕食に甘味が添えてある。

 普段味わうことのない種類の甘さに頬が落ちそうになる甘味を頬張りながら、少女はふと皿を手元に避難した経緯を思い出す。


「ティオ、温泉入らないの?」

「あ? そっか! そう言えばゴタゴタしてたからオレだけ入ってないや」

「入れば?」


「髪の毛を重点的に洗いに」とは言わなかったが、つい先ほどフケが気になったレーメは洗えば何とかなると思い温泉を勧めたのだった。

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