第40話 異世界にはばたく

貴史達はイアトペスの都を発って、ギルガメッシュに帰ろうとしていた。首都の郊外には農村地帯が広がっているが、冬が訪れた今は一面の雪景色だ。



「ヤン君もギルガメッシュで働きたいと言っていたけど本当に来てくれるのかな。」



踏み固められた雪道を歩きながらタリーが聞く。




「アリサがゲルハルト王子のところにお輿入れすることになったので、ブレイズのパーティーは当分再結成のめどが立たないはずです。ヤン君が一度実家に帰った後でギルガメッシュに来るのは本当だと思いますよ。」




ヤースミーンは滑りやすい足元に気を取られながら答えた。



「彼が仲間になってくれたら、魔物を捕らえるときにへまをやって、シマダタカシが踏みつぶされたりしても、うまく治療してくれそうだ。その違いは大きいな。」




タリーは、うれしそうにつぶやいた。




「縁起でもないことを言わないでくださいよ、なぜ俺が踏みつぶされる話になるんですか。」




「いつも先頭を切って戦ってくれるのがシマダタカシだからだ。私は感謝しているよ。」



文句を言う貴史にタリーは真顔で礼を言う。貴史も持ち上げられるとまんざらでもなかった。



ヒマリア国の首都への旅で、貴史はブレイズのパーティーが活躍したのはヤースミーンの魔法に頼っていたことに気が付いていた。



彼女の力が復活した今、貴史が剣を振るえばこの世界で無双かもしれない。




貴史は魔物を食べることを究極のグルメだと言い張るタリーや、天然系だが強力な魔力を持つヤースミーンと共にこの世界でドラゴンハンターとして生きていけそうな気がしていた。




柄にもない空想ににふけっていた貴史は肩に食い込む剣の吊り紐の位置を直した。




「ハインリッヒ王がくれた剣がやけに重いけど、こんなので戦えるのかな。」



貴史が使っていた剣や装備は、本来の持ち主であるブレイズが持ち去ってしまったが、ハインリッヒ王から賜った品物にはメンバー各自にあつらえた戦衣や武具が含まれていた。



貴史の剣はセットになっている盾と合わせると相当な重量だ。



「その剣は邪薙ぎの剣といって、ヒマリア王国が建国された時に中心となって戦った騎士団が装備していた由緒ある剣なのです。ハインリッヒ王から直接賜るなんて大変な名誉ですよ。戦うときは私が攻撃支援の魔法をかけるから存分に振り回してください。」



貴史はヤースミーンが攻撃支援の魔法をかけてブレイズの剣を振り回したことを思い出した。振り上げるのも容易でない重さの剣が軽々と振るえる感覚だった



「ジャナギの剣か何だか格好いいな。」



貴史は背中の剣の重みが逆に頼もしく感じられてきた。



「それから、シマダタカシにかける防御魔法は盾を構えた時だけ発動するように調整します。全身に防御魔法をかけると攻撃しても相手にダメージを与えられませんからね。だから、盾を構え損ねて大型の魔物に踏まれたらぺちゃんこにされるので気を付けてください。即死したらヤン君がいても再生できるかは時の運ですよ。」




「どうして俺が踏みつぶされる話になるんだよ。ちゃんと逃げるから大丈夫だって!。」




「いつも逃げるのがワンタイミング遅いから心配しているのです。」




ヤースミーンは言い訳したが、タリーと目が合うと二人はこらえきれずに笑い始めた。




「もういいよ勝手にしてくれ。」




貴史が少しむくれて前を向くと街道をぞろぞろ歩いてくる人々が目に入った。このあたりで農業を営んでいる住民のようだ。




「何かあったのですか。」



貴史が問いかけると人々は口々に訴える。




「私たちの集落が大きなグリーンドラゴンに襲われているのです。」



「ドラゴンハンターたちが山奥で仕留め損ねたドラゴンが人里に逆襲に来たのです。家畜小屋を壊して羊を襲ったり、家々に火のブレスを吹きかけたりして大変なことになっています。」




話を聞いたタリーは貴史に問いかけた。




「どうするシマダタカシ。先頭に立って戦うのは君だ。」




貴史は目を閉じてこの世界に来てからの数々の戦いを思い返した。そして目を開けると落ち着いた声でタリーに告げた。



「この人達のために退治してやりましょう。」



「そういってくれると思ったよ。うまく退治したら今夜の晩飯は奴の骨付き肉のローストにしよう。」




タリーはもう食べることを考えている。



貴史はなんだかおかしくなって軽い足取りで、逃げてくる人々に逆らって進んだ。



やがて、煙を上げる集落の中で暴れるグリーンドラゴンが見えてきた。二階建ての家並みの向こうに頭が覗くほどの大きさだ。




さらに接近を試みていると、貴史と並んで歩くヤースミーンが何かの魔法の詠唱を始めた。




グリーンドラゴンが間近に迫った時、ヤースミーンは貴史に告げた。




「攻撃支援魔法と防御魔法をかけました。持続時間は十分です。魔法が切れるまでにけりを付けてください。」




言い終わると同時に、ヤースミーンはクロスボウを構えて素早く発射した。



矢は高速で飛び、グリーンドラゴンの喉元に突き刺さった。ドラゴンの弱点である逆鱗があるのどを狙ったが、わずかに外れたようだ。



ギアアアアアアア



グリーンドラゴンは身の毛もよだつような雄たけびを上げて、貴史を睨みつけた。



貴史が周囲を見回すと、タリーもヤースミーンの姿は見当たらない。とっくに物陰に退避したのだ。




「そうだ盾、盾。」




貴史が盾を構えるのと同時に、グリーンドラゴンの火炎のブレスが貴史を襲った。




貴史はサウナに入っているような暑さを感じたが、ブレスの火炎はきれいに貴史を避けていた。




「すごい、無傷だ。」




貴史が感心しながら背中の邪薙ぎの剣を抜くと、家並の陰から雷鳴が響き雷の電光がグリーンドラゴンに伸びていった。ヤースミーンが魔法で攻撃したのだ。



電撃を受けたグリーンドラゴンがひるんでいる隙に貴史は剣を構えて駆け出した。



グリーンドラゴンの足元を駆け抜けながら、邪薙ぎの剣でドラゴンの足首に切り付ける。



確かな手ごたえを感じて貴史が振り返ると、足首を三分の一ほどを切断されたグリーンドラゴンは足をひきずりながら苦しんでいた。




「いけそうだ。」



貴史が再びグリーンドラゴンに向かって駆け出した時、クロスボウの矢がグリーンドラゴンに突き刺さった。タリーが射た矢にちがいない。絶妙なタイミングでグリーンドラゴンの意識が貴史からそらされた。



「やってやろうじゃん。」



貴史は雪に覆われた大地を強く蹴って跳躍した。



俺はもう気弱な高校生ではない。剣を振るってこの世界で生き抜いてやる。



貴史は決意を秘めて、邪薙ぎの剣を構えた。



体がうそのように軽い。



手近な家の屋根をけってさらに高く跳躍した貴史は、グリーンドラゴンの逆鱗の辺りに邪薙の剣を深く突き刺した。

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異世界酒場ギルガメッシュの物語 楠木 斉雄 @toshiokusunoki2018

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