第23話 さらに戦う人々
その時、駆けつけたブレイズが剣を抜いて魔物の牙を叩き折った。アリサは地面に落ちたが魔物の牙は刺さったままだ。
私が悪いんだ。ヤースミーンは唇を咬みながら、再び走り始めた。一番大事な場面で余計なことを思い出したために彼女を助けそびれたのだ。
今度こそ。
ヤースミーンは最も強力な雷系の魔法を放った。杖の先から電撃がほとばしり、魔物の体は二つに裂けてはじけ飛んだ。
ブレイズは魔物が倒れたのを見届けると、アリサに駆け寄って助け起こした。
しかし彼女は既に絶命しているようだ。そこにヤンも駆けつけていた。彼の回復魔法ならまだアリサを助けられるに違いない。しかし、三人の近くまでたどり着いたヤースミーンは、凍り付いた。
アリサに気を取られているブレイズとヤンの向こうに新たな魔物が出現していたのだ。
その魔物は、顔は先ほどの魔物とそっくりな三つ目の象だが胴体は人間の獣人タイプだった。
「ブレイズ後に気をつけて!。」
ヤースミーンの声に反応してブレイズがはじかれたように立ちあがるのと、魔物が両手に持った剣で斬りかかるのは同時だった。
ブレイズは魔物の剣を受けて、反撃を試みたが二振りの剣を自在に操る魔物を攻めあぐねている。その魔物こそがエレファントキングに違いなかった。
ヤースミーンは自分の知る中で最も強力な火炎の呪文を唱えると魔物に向けて放った。
エレファントキングは瞬間炎に包まれたように見えたが、彼の周辺には魔法防御が施されていた。
ヤースミーンの魔法に反応して光の壁となったそれはヤースミーンの放った火炎を周囲にまき散らしていた。間近で剣を構えていたブレイズは火炎をもろにかぶって火だるまになっていた。アリサにかがみ込んでいたヤンも背中が炎に覆われている。
「私のせいでパーティーが全滅する。」
ヤースミーンは恐慌にとらわれたが、気を取り直して敵の魔法防御を解除する呪文を唱え始めた。防御を突破すれば勝機はあるかもしれない。
その間にヤンは自分も背中が焼けこげた状態のままで、ブレイズに回復魔法をかけ始めた。彼はまだ諦めていない。
ヤースミーンは魔法防御の解除呪文を唱え終えるとエレファントキングに向けて放ったが何も起きなかった。
「魔法が使えない?。」
ヤースミーンは愕然として、いくつかの魔法を試してみたが、どれ一つとして効果は現れなかった。自分の魔力はまだ残っているのに使うことが出来ないのだ。
その間にヤンは回復魔法をブレイズにかけていた。ブレイズの体が青白い光に包まれていく。
ヤンは自身の回復よりもブレイズを優先したのだ。
青白い光に包まれたブレイズはピクッと動いたように見えたが、焼け焦げた体はそのままだ。
「ブレイズ、回復痛に負けるんじゃない。痛みに耐えて復活してくれ。」
ヤンは必死に叫ぶ。
回復魔法を使うと、回復の過程で傷を受けた時以上の痛みに襲われる。瀕死のブレイズは痛みに耐えかねて死の世界に逃げようとしているのだ。
ヤンがさらに回復魔法をかけ続けていると、エレファントキングは刀を構えてヤンに切りつけようとしている。
「あ、あああ。」
今飛び出して時間を稼いだらブレイズが復活するかもしてない。ヤースミーンはそう思ったものの身体がすくんで動けなかった。魔法が使えない自分ではエレファントキングが相手では瞬時にやられることが判っている。
次の瞬間、エレファントキングはヤンの背中に切りつけていた。
ヤースミーンはじりじりと後ずさってエレファントキングから距離を取ると、隙を見て後ろを向いて逃げ出した。
走ったところでエレファントキングがその気になれば自分を黒こげに出来るはずだ。しかし半ば予期していた火炎や冷気の攻撃は来なかった。
ヤースミーンは柱の陰に隠れると同時に途方に暮れた。魔法が使えない今、ダンジョンの最深部から自分一人で地上に戻るのは不可能に近かった。途中にはグリーンドラゴンを初めとして数々の魔物がいるのだ。
ヤースミーンは石畳の上にうずくまると声を押し殺して泣いた。
自分は巡回してきた下級な魔物に捕らえられて食われる運命に違いない。それは仲間を見殺しにした自分にはお似合いの最後だ。
ヤースミーンは絶望に押しつぶされようとしていた。
貴史はヤースミーンの回想を聞き終えるとため息をついた。貴史がこの世界に転移したのはその直後のことだ、ヤースミーンの話は他人事ではなかった。
貴史はヤースミーンに訊いた。
「頼みというのはその仲間に関わることだな。」
ヤースミーンはうなずいた
「大司教様なら死んでしばらく経った人々でも復活させることが出来ます。私と一緒にエレファントキングを倒すのを手伝ってください。そしてエレファントキング討伐の報償としてわたしの仲間達を甦らせて欲しいのです。」
貴史は考え込んだ。
つい先日グリーンドラゴンと戦って倒した時も、レイナ姫の加勢がなければ自分は火炎のブレスで黒こげにされていたはずだ。
魔法が使えないヤースミーンと自分が戦いを挑んでもエレファントキングに勝てるとは思えない。
しかし、ヤースミーンの様子を見ると、彼女は一人でもダンジョンに乗り込んで行きかねなかった。
「わかった。手伝うよ。」
「本当ですか。ありがとうシマダタカシ。」
貴史はヤースミーンの顔に笑顔が浮かぶのを見て思った、彼女のために戦うしかなさそうだ。
その時背後からタリーの声が響いた。
「二人で魔物のボスを討伐しようとは剛気だな。聞いてしまったからには仕方がないから俺も手伝ってやるよ。」
「タリーさん。」
「いいんですか。折角商売も軌道に乗り始めているのに。」
貴史とヤースミーンが口々に言うのに、タリーは手を振って答えた。
「私が住んでいた世界には義を見てせざるは勇無きなりということわざがあった。君たちの話を聞き及んで知らぬ顔は出来ない。」
貴史が感動していると、タリーは話を変えた。
「ところで、シマダタカシと一緒に作った石窯に火を入れてみたのだ、試しに何か作ろうと思うのだが希望はあるかね。」
エレファントキング討伐の話はどうなったのだと貴史は思ったが、タリーの作る料理の方が面白そうだった。
「ピザなんかどうですか。」
貴史にとっては石窯といえばピザが思い浮かぶのだった。
「ピザってジュラ山脈の南の方の国で作られているという料理でしょう私食べたこと無いんです。」
ヤースミーンはよだれを垂らしそうな顔でタリーを見た。
「ピザか、私は森のはずれの辺りにいるゴブリンを捕まえて姿焼きにしようかと思ったのだが。」
意識が食べる方向に向いていたやースミーンはゴブリンの姿焼きをリアルに想像してしまったらしく嘔吐しそうになってうずくまった。
「そんなもの誰も食べたいと思いませんよ。人型の魔物を料理にするのは止めてください。姿焼きなんて論外ですよ。」
今度ばかりは貴史もきつく意見すると、タリーも渋々従った。
「そうか、それでは仕方がないからピザを作ることにしようか。」
タリーは酒場の窓から森の方を覗くと指をさした。
「あそこにキノコの魔物が歩いている。あいつを仕留めてピザの具材にしよう。」
貴史が見ると森の縁に続く草原を手足が付いた大型のキノコの魔物が歩いている。
「私が捕まえてきます。」
ヤースミーンは自分用のクロスボウをひっつかむと外へと駈けだしていった。タリーがゴブリンの料理を思い出す前にピザの具材のキノコの魔物を仕留めてくるつもりのようだ。
タリーは駆け出していくヤースミーンを嬉しそうに見ていた。
タリーが前にいた世界は戦乱の最中だった。兵士だったタリーにしてみれば酒場を経営しながら初めて見る魔物を捕まえて食べることが楽しいのに違いない。
そんな暮らしを投げ打って自分たちを手伝おうとする彼のためにも、エレファントキング討伐を成功させねばと貴史は考えていた。
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