だから彼は別れを告げた(ジャンル:ミステリ)

だから彼は別れを告げた

 山間やまあいにひっそりと佇む草原で、若い男女が満天の星を眺めていた。

 女は一人用のレジャーシートの上に座り込み、かたや男は草花の上で大の字になって寝そべり、それぞれ夜空を見つめている。

 二人の他に人影はなく、そして二人の間に会話はない。穏やかな夜風の音と二人の弱い呼吸音。それだけがその場の音の全てであった。


 山間から眺める星空は、都会から見たそれとは比べ物にならない位にまばゆく、美しい。おびただしい数の星々がひしめき合い、瞬いている。

 周囲の静寂と相まって、星々の瞬きの音までが聞こえてきそうな光景だった。


 ――不意に、そんな星空を引き裂くように光が駆けた。

 流れ星だ。まるで空から星一つがこぼれ落ちたかのようにも見える、一瞬のきらめき。

 その煌めきに、女は思わず心の中で願いをかけた。


『ずっと彼と一緒にいられますように』


 声には出さない。彼女にとって、言葉とは空虚で頼りにならないものだったから。

 言葉はいつも間違えるから。

 確かなものはいつも心の中だけにあるから。


 流れ星がその刹那の生を終えるのを見届けると、女はそっと傍らに横たわる男の――恋人の髪をなでた。

 ほんのりと伝わる体温と湿り気、そして男のうめき声のような息遣いが、彼が今そこに生きていることを感じさせる。

 女はその感触を楽しむように、恋人の髪をなで続けた。


 ――そのまま、どのくらいの時間が流れただろうか。

 髪をなでる女の手が、不意に止まった。

 その手に伝わる男の体温が急速に失われていく。息遣いも今は聞こえない。


 女は、流れ星にかけた願いが叶ったことを悟った。

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