最後の5分間 ~遭難した宇宙船クルーの場合~

西宮樹

最後の5分間 ~遭難した宇宙船クルーの場合~


『船内の残存電力は残り僅か。五分後に船内の電力設備及び生命維持装置は機能を停止します。繰り返します。船内の――』


 艦内制御用AIによる、機械的な女性の声が操舵室に鳴り響く。電力の無駄だと判断し、私は音声をオフにした。とは言っても、音声信号のための電力を多少節約したところで残り時間は少しも延びやしないだろうが。


 宇宙船『ドレッサー号』は、五か月前から始まった惑星調査の帰り道だった。とは言っても着陸はせず、惑星の近くまで寄ってから各種計測機器にて調査を行い、帰還する。それだけの簡単な調査だった。


 『ドレッサー号』のエンジントラブルが発生するまでは。


 宇宙船は虚空を漂う浮き輪程度の働きしかしなくなり、新世代のバイオマス燃料はすべて無意味となった。

 残った電力で救難信号を送り、本国からの助けを待ったが、しかし救助は一向にこない。


 勿論、我々も出来るだけの事はした。

 しかしいくら修復をしようとしてもエンジンは息を吹き返さなかったし、そもそも宇宙で出来る修理などたかが知れている。

 一人、また一人と匙を投げ、操舵室に残っているのは私だけになった。

 しかし、無理もない。

 宇宙船が航海を停止してからの数か月間、絶望せずに過ごせというのは、人間にはあまりに酷すぎる。


 私は操舵室を離れ、居住区の共同スペースへと向かった。クルーの顔を見に行くためだ。

 共同スペースに入っても、誰も何も言わない。


 『ドレッサー号』の乗組員は、全員死んでいるからだ。


 死因は自殺だ。

 きっかけは些細な事だった。比較的線の細いメンバーが、この状況に耐え切れず自殺をした。前例があればそれに従いたくなるのが人間だ。結果後を追うようにしてメンバーは次々を自殺を選んだ。


 私は共同スペースの空いているソファに座り、クルーの死体を眺めながら視覚を切り落とした。

 

 人は絶望をしたというだけで、容易く自らの命を絶ってしまう。しかしそれは、あまりにも滑稽ではないだろうか。

 この宇宙船の寿命は、残り二分もない。しかしこの残り二分に助けが来ることだってあるだろうに。


 残り五分でも、生きられるなら生きるべきだろうに。


 しかし、そんな事を言う資格は私にはないのだけど。

 体内時計によれば、宇宙船の機能停止まで、残り一分ジャスト。


 いつか来る救助の事を考えながら、私は眠りについた。










 一か月後。

 救助船のクルーが『ドレッサー号』に乗り込むと、船内はひどい状況だった。自ら命を絶った人間が、あちらこちらに転がっている。

 そんな中共同スペースのソファに、眠るように座っているクルーを発見した。


「おい、しっかりしろ」


 救助クルーは落ち着いた声で、彼女――アンドロイドのスリープ機能を解除した。彼女の視覚センサに光が戻る。


「状況を説明するんだ。それはお前たちアンドロイドの仕事だろう」

『……ええ、そうですね』


 機械的な女性の声で、スリープから目覚めたアンドロイドは報告をする。

 愚かな人間達の、最期の五か月間を。

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