圧倒的な力量の差

 フィーアとルビカの戦いの間、シルファとアイナたち三人チームの戦いも繰り広げられていた。

 その戦いはあまりにも力の差が現れており、一方的な戦いとなっていた。

 ――ただし、力が優れているのは一人であるシルファの方であったが。


「ど、どうして数に利のある私たちが攻め切れないのよ!?」


 アイナ側チームの一人が苦悶な表情で叫ぶ。アイナも歯噛みしながら策を練るも、どうしてもシルファの防壁を突破できないでいた。

 本来であれば、黒の魔術というのは破壊に特化している。故に防戦というのは黒の魔術と相性が悪い。守ることではなく破壊することしかできないのだから。

 しかしシルファはそれをやってのけている。三人の魔術を真っ向から相殺し、的どころかシルファ自身に傷一つ負わせることが出来ないでいる。

 それにもう一つ、アイナが苛立つことがあった。それは単純なことであり、シルファはまだ力を隠しているということにもつながる。


「確かにそうだけど、どうしてあの子は全く攻撃してこないのよ!?」


 そう。シルファは今まで、一度もアイナたちに対して魔術を行使していない。完全に的を守ることだけに専念している。

 つまり、まだ彼女は本気ではないということだろう。


「二人とも、冷静に。あの悪魔もどきが強いのは戦う前から知っていたことでしょう? 焦ってはダメよ。それこそ相手の思うつぼだわ」


 アイナは自分にも言い聞かせるように二人へ告げると、二人とも焦っていた様子から深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

 敵が強いものときこそ、平常心が必要。それは魔素の濃淡だけではなく、思考することを疎かにしないためだ。

 一人、眼前にいるシルファはおとがいに手を当て頷く。


「……性格はあまり好みではないが、カリスマ性は流石というところ。力量をキチンと測り、為すべきこともよく理解している。だけど――」


 スッと思案するような表情から一変、冷たい視線を三人へと向けると、手をかざす。


「戦い方が綺麗過ぎる。もっと狡猾に攻めないと、いつか命を落とすことになるよ?」

「キャアァ――ッ!?」


 声のした方向へと振り向く。すると、どうやってか即座に移動したシルファがアイナ側チームの一人の背後へと回り、組み伏せていた。


「……そろそろ頃合いだ。二人の戦いもそろそろ終わるだろうし、ちょっとだけレッスンしてあげよう」

「――ッ! そんなもの不要ですわ! 『黄説(おうせつ)はここにありて、紫電よ、彼女を捕縛して』!」


 地面から放電させた電気をシルファの周りだけを囲う。その間、チームメイトを救出し、電流でシルファを痺れさせようとする。

 が、シルファがその電流に触れた途端。バチンと大きな音を立てて相殺された。

 いや違う。これは相殺なんてものじゃない。アイナは即座に目の前で起こったことを理解した。


「私がわざわざ君たちの魔術を相殺しているとでも? 流石にそれは魔素の量を調整しなければいけないし、疲れる。だから単純に、私の魔素で魔術をだけだよ」


 目の前の悪魔は簡単に言ってのける。だが、事はそう簡単なことではない。

 具現化した魔術というのはそれ相応の魔素が込められている。魔術そのものをなかったことにするためには、およそ十倍ほどの魔素を込めて叩きつけなければならない。

 それはつまり、アイナたち三人を合わせても届かないほどの魔素を持っていることになる。


「ああ。ついでに言っておくけど、今の私よりもフィーアの方が魔素の量、多いから。とはいっても、それでも君たち三人くらいは余裕さ」


 言い終えると同時にまたもや姿をくらます。完全に目で追えない速度。

 その後、アイナたちは何が起こったか全くわからなかった。眼に入ったのは青々とした空。そして後から生じる背中への衝撃であった。


「ぐう――ッ!?」


 一瞬遅れて、背中の衝撃によって息を吐きだす。視界がチカチカしたのち、周りを見回すとチームメイトも同じように目を回していた。

 さらに三人とも後ろ手で縛られていた。両腕には蔦で作られた縄。おそらく森林の中から即興で作ったのだろう。

 だがそれよりも驚くべきはその速さだ。一瞬で三人を宙に浮かせ、その隙に縛り上げたのだ。常人には出来ない芸当である。


「これで魔術の詠唱から発動が出来ない。あとは二人の戦いを待つとしようじゃないか」


 既に三人のことは眼中にないのか、あらぬ方向を見る。地面に這いつくばっている三人は、何とかして立ち上がろうとするも、両腕が使えないことでバランスを崩してしまう。

 諦めきれない気持ちもあったが、アイナは先ほどの戦いで思った疑問をシルファへとぶつけた。


「……何で私たちに魔術を使わなかったのよ」


 戦い始めてから、シルファは一度も魔術を使っていないのだ。魔素を具現化して応用してはいるものの、詠唱自体は一回もしていない。

 それはつまるところ、手を抜いていたことになると思う。アイナはそのことに憤りを感じていたのだが、シルファは肩をすくませて答える。


「正直に話、私は詠唱を使った魔術がトンと不得手でね。別に手を抜いていたわけじゃなくて、単に詠唱をしない戦い方が主流なだけさ」

「詠唱を使った魔術が苦手……? あなたは詠唱以外で魔術が使えるっていうの?」

「あー、そこから先は秘密ってことで。あまり公で言えるようなことじゃないから」


 苦笑いしたシルファは、年相応の少女の顔だな、とアイナはふと思う。それからふっ、と笑みを零す。


「なるほどね。私もまだまだ、って言う訳。もっと修練を積まないといけないかしら」

「ま、焦ることはないよ。君たち学園の生徒は、これからがのびしろなんだから」


 達観した目で見やるシルファは、何故か他の生徒よりも大人びているように感じられる。

 いやそもそも今の言葉は、自分はここの生徒ではないかのようにも聞こえるが。


「……助言、どうもありがとう。でも次は絶対に負けないから。私、これでもかなりの負けず嫌いなんだから」


 不敵な笑みを浮かべてシルファを見つめる。その表情はいつもの不遜とした表情から、それこそ先ほどのシルファと同じような、年相応の少女の顔へと。

 キョトンとした顔でシルファはいるも、すぐさま破顔して答える。


「勿論。次も私は負けないけどね」


 二人の間で交わされた言葉を区切りに、的が破壊された音が響き渡る。振り向くとアイナたちのチームの的が壊されたことに気が付く。

 フィーアがルビカを制し、的に辿り着けたのだろう。遅れて観客席から湧き上がるような歓声が聞こえてきた。

 こうして、シルファたちのチームが見事優勝し、シルファの任務も一つ、無事に終わることとなった。


 ――まだ重要な任務は、残っているのだけれども。

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