一対三と一対一

「少しは落ち着いたかい?」

「……うん。もう大丈夫」


 試合が開始してから数分後。シルファたちは自陣の的付近にて待機していた。

 ルビカが居ない分、フィーアを単独で攻め込ませるのは愚策である。故に、防戦でしのぐ作戦に切り替えたのだ。


「さて、じゃあそろそろ今回の試合運びについて考えようか」

「え……? 二人しかいない私たちはここで防衛線を張るんじゃないの?」


 シルファの発言に虚を突かれたような顔をフィーアはする。するとシルファは薄く笑い、静かに答える。


「確かにルビカがアイナの魔術『マリオネット』によって操られたことで四対二という不利な状況になった。だからこそ今はここで来るかもしれない敵を待っているけど、それじゃこちらの勝利は絶対にありえない」

「でも、私一人じゃアイナたちのチームを潜り抜けて的を壊すなんてこと、できない……」

「そうかな? 例えばこんな作戦はどうだい?」


 不安そうな表情でいるフィーアに対し、あくまでも元気づけるようなひょうひょうとした姿で指を立てる。


「アイナたちは人数の有利さをもって三人で的を狙いに来る。それを私が食い止めている間に、フィーアはルビカと接敵。アイナの魔術を相殺させて的を狙う。っていうのは」

「……そんな都合よくアイナが狙ってくる? それに私がルビカと出くわす確率だって百パーセントじゃないし」

「大丈夫。もしルビカの周りに誰かいるようなら、撤退すればいいし、いなければそのまま魔術を解くことに専念すればいい。適材適所って訳。逃げることだって戦略の一つでもあるのだから」

「むぅ……一応、分かった。シルファを信じる」

「そうしてくれると助かる」


 表情こそは納得していないものの、シルファの言葉を信じ、フィーアは単独で木々の中を疾走する。

 その背が見えなくなるまで見送ると、シルファはあらぬ方向へと目を向け、声を掛ける。


「――さて、わざわざ待ってくれるとはありがたいことだね」


 言葉を掛けると目の前の空間が歪む。すると突然アイナたち三人の姿が現れた。

 二人は驚いた表情を、たいしてアイナだけはむしろ分かっていたかのような顔でシルファを見つめる。


「やっぱり気付かれていたのね。でも、いつから気付いていたの? フィーアの方には気付かれていなかったようだけど」

「残念ながら最初からさ。青の魔術で水の膜を張り、赤の魔術で陽炎を作ることで幻覚を発生させる、なんてことは私には予想できていたことだし」


 簡単に魔術の仕掛けを見破ったシルファを三人は警戒した様子で睨む。が、アイナだけはすぐに薄く笑い、あくまでも余裕があるように見せつける。


「流石といったところかしらね。でも、三対一なら悪魔に近いあなたとはいえ苦戦するでしょう?」

「そうだね。試合前に言った、『一歩も動かない』っていうのは流石に難しいわ。だからあの言葉は撤回する。でもね――」


 一度ため息を吐く素振りを見せ、肩を落とす仕草をする。が、すぐに真剣な眼差しでアイナを見据え、臨戦態勢の構えを取る。


「ここから先は行かせない。あなたたち三人が相手でも、問題はないわ」

「あはっ。せいぜい私を楽しませてちょうだい、この悪魔が! 行くわよ、二人とも!」

「「はいっ!」」


 三人と一人の魔術が交差し、激突する。赤と青と黄色の魔術に対し、黒の魔術が激突する。

 色とりどりの魔術が飛び交い、相殺し合って森林辺りで爆発が起こる。

 魔術が衝突したそのときこそが、シルファの死闘が始まったという合図であった。




 背後で爆音が鳴り響くのを感じた。それと同時に地鳴りがし、フィーアの元まで届くほどの衝撃が走る。

 振り返りたい、そして戻ってシルファの加勢をしたい。そんな気持ちがよぎったが、ぐっとこらえてフィーアは前へと足を踏み出す。

 シルファの気持ちを無駄にしてはならない。それにシルファは一人でも強い。フィーアとルビカの二人を合わせても勝てないほどに強い。

 それならば心配することは何もないはず。だったら心配するよりも、今自分がやれることをやる。それだけの話なのだから。


「――いたっ! ルビカ!」


 目の前で見つけた親友の名を呼びかける。的のすぐ下で出迎えたのは、いつもよりも暗い顔をしたルビカ。

 それは苦悩に満ちているような。辛そうでいて、なおかつここは意地でも通させないといった信念が入り混じったような。そんな思いが如実に表れていた。


「ルビカ、私の声が聞こえる?」

「…………」

「聞こえているんだよね? だってルビカ、初めからアイナの魔術に掛かってなんかないんだよね?」

「……な、なんで気付いたの?」


 先ほどまでの暗い表情から一変、酷く驚いた表情でルビカはフィーアを見やる。

 それに対してフィーアは照れ笑いするような仕草で頭を掻く。


「分かるよ、だってずっと一緒に居た親友だもの。私を弾いた黄色の魔術はルビカの魔素が薄く残っていた。黄色の魔術を使えることは知らなかったけどね。それにアイナが肉体操作系の魔術を使えたとしても、ここまで距離があれば使えないはず。だったら後は、ルビカの意志でしかないよね?」

「……あ、あはは……なぁんだ、最初からお見通しだったんだ」

「でも一つだけ分からない。どうして私とシルファを裏切ったの? ねぇ、教えてよルビカ!?」


 ルビカの心理だけがどうしても理解できない。どうしてルビカが? それだけがどうしても分からないでいた。

 痛切な問いに対し、ルビカは酷く悲しげな瞳をフィーアから逸らし、ポツリと小さな声で呟く。


「こ、この試合でアイナに勝ったら、私たちは確実にクラスから浮いてしまう。そうなったらもっと嫌がらせを受けるし、もっとクラスに馴染めなくなる。そうなるって考えたら、私怖くて――ッ!」

「……誰がそんなことを吹き込んだのよ」

「ア、アイナよ。試合開始直前に、そんな話を持ち込まれたの」

「フン、やっぱりね。どうせそんなことだと思ったわ。ルビカ、それはアイナが勝てる保身のために、ルビカの思いを利用しているだけよ。ルビカがクラスの中で浮いたとしても、私やシルファがいるじゃない!」

「で、でも――」


 ルビカの言葉が最後まで紡がれることはなかった。その直前にフィーアの魔素が込められた拳が振るわれたため。それを咄嗟の勢いで止めるために。


「この分からずや! 言っても分からないんだったら、その身体に直接叩きこんであげる!」


 『コンセントレーション』で身体強化し、縦横無尽に駆ける。が、それはルビカも同じであり、フィーアが放つ一撃一撃を捉え、一つずつ抑えていく。

 今までの試合、手加減してきたわけではない。だがしかし、今ここで行われているインファイトは本気の必殺が込められていた。

 拳が止められれば肘を。腕を取られれば足払いを。躱されたのならば急接近を。両腕両足が動かなければ頭を振り下ろす。見る者は残像が残るほどの連撃を二人は繰り広げていた。

 両者の拳がちょうど衝突する。互いが互いの魔術を相殺し合い、ひと際大きな爆発音が発生する。

 喧嘩が始まってどれくらいが経っただろうか。次第に勢いが増していく中、片方が突然膝を着いた。

 顔中に汗をかき、両膝はがくがくと震えている。息遣いは荒く、まともに立っていられないでいるのはルビカであった。


「はぁっ! はぁっ! ど、どう、して……」

「魔素の量よ。私たちが使っていた『コンセントレーション』は魔素を具現化して身体強化する魔術。つまり魔素の量こそがスタミナに直結するって訳。単純に私の方がルビカよりも魔素の量が多いから、私はまだ立っていられる」

「ぐ、うぅ――っ! ま、まだ私は、戦える――ッ!」


 ふらつきながらもルビカを戦おうとする意志を見せる。だがフィーアは手を抜かず、その体目掛けて直接拳を叩きつける。


「かは――っ!?」


 木の幹に衝突し、肺に残っていた空気が吐き出される。目の前がチカッと瞬くと、身体が地面へと吸い寄せられる。

 仰向けで倒れるルビカに近づき、フィーアは見下ろす。


「今のはシルファの分。勝手に裏切って一番大変なのはシルファだからね。そんでもって、これが私の分」


 手をルビカの顔の方へと近づける。何をされるか分からないと思い、ルビカは咄嗟に目を瞑る。

 すると次に来たのは、ペシンと軽い音のしたデコピンであった。

 呆気にとられたルビカは恐る恐る目を開けると、疲れた様子でフィーアがため息を吐く。


「親友補正も入れてこのくらいで勘弁してあげる。まぁ、次そんなことを勝手にしたらもう一発殴るからね」

「――っ!? う、うあぁぁ――っっ!!」

「あぁもう、泣かないの。そんな泣かれると私の方が悪いみたいじゃない!」


 こんなことをしたというのに、まだ『親友』と言ってくれたフィーアに。ルビカの心が決壊し、泣き始めてしまった。

 わんわんと赤子のように泣くルビカを目の前に、フィーアは抱いて頭を撫でてあげていた。

 フィーアとルビカの盛大な喧嘩は、こうして無事に終わったのであった。

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