第39話

 予定通り戦闘剣道場へと向かう。少し時間が早いが訓練して時間を潰すつもりだ。クロッカス騒動に一区切りついた途端に修行漬けである。すっかり行動パターンが武人のそれとなっている。


 「おいーす。アルバンはいるかー?」

 「あ、久しぶりヴィート。アルバンはまだだね。」


 美しい金髪をなびかせながら振り向いたのはマシアス。相変わらずのイケメンぶりだ。


 「そっか。じゃアルバンが来るまで待たせてもらうぞ。最近変わった事ってあった?」

 「最近ヴィートに差をつけられてるように感じたからね。騎士剣道場や槍道場まで出かけて特訓してるんだ。」

 「いやいや、最後に戦った時ほとんど互角だっただろ!何言ってんだコイツ!」

 「そうかい?まあそれなら今は僕の方が強いってだけさ。確か戦績はまだ僕の方が勝ってたよね?」

 「(最近は魔法の練習と護衛ばっかりだったからな……チャリオットとの訓練で何か掴めそうな感じはしたんだが……。)これ以上勝ち越させはしないさ。というか俺が来たばっかりの頃から戦績数えてるのはずるくないか?」

 「……さ、始めようか。」

 「おい、無視すんなよ。」


 マシアスが木剣をヴィートに手渡し、闘気を迸らせる。ヴィートとしては納得が出来ていないが、闘気に当てられてしぶしぶ心を戦いへと向ける。


 (男子三日会わざれば、か?相当濃い特訓を積んだみたいだな。)


 今までの静かな闘気は重厚で分厚く、それでいて冷たく進化を遂げている。闘気が2人の間の音を全て吸い込んでしまったように静寂が訪れた。負けじとヴィートも闘気を漲らせる。熱く煮えるような戦意がマシアスの冷たい闘気とぶつかり渦を巻く。


 互いに弾かれたように打ち込んだ。初戦を制したのはマシアスだった。ヴィートの衝撃波を発するほどの鋭い袈裟斬りに完全に呼吸を合わせていなし、カウンターの一撃を腹部に打ち込んでいったのだ。


 マシアスの先読みの鋭さは元から群を抜いていたのだが、それに磨きがかかっているのだ。ヴィートの動く前、初動から見切られている。その上剣のスピードが異常すぎる。身体強化全開のヴィートと同等と言えばどれだけ異常かわかるだろう。


 「今のは一本って事でいいかな?」

 「ああ……強くなりすぎだろ。今のは気か。」

 「うん。兵士のハイモと知り合ってね。教えてもらったんだ。」

 「(これで身体能力的には五分か。残るは技術の勝負ってことね。……というか身体能力があれだけ隔絶してたのに技術で追いついてたのが頭おかしいんだけど。)だが、超高速戦闘ならこっちに一日の長がある。続けようか。」


 先に仕掛けたのはヴィートだ。全身に身体強化をかけ全力の唐竹割りをおみまいする。


 対峙するマシアスは動かない。どこまでも静かにヴィートの姿を見ていないかのように平然としている。ヴィートの木剣が当たる寸前、マシアスの姿が一瞬で消える。


 気が付けばヴィートはマシアスの突きを喉に喰らっていた。


 「かっ……げほっ……。」

 「遅いよヴィート。遅すぎる。」


 マシアスのやった事は唐竹割りを半身をずらして避け、突きを繰り出す。ただそれだけだ。しかし、気を習得したマシアスがその莫大な身体能力を武の理に従って行使するとそれだけで必殺の技となる。


 ヴィートとて素人ではない。むしろその技量はかなり高く、王都でも指折りと言える。それをマシアスは子供のようにいなしてみせたのだ。マシアスの剣技は達人の領域に達していた。


 「つまり、だ……。まだまだ俺は強く、速くなる余地があるって事だな。」


 咳き込んで下を向いた顔を上げ、マシアスまっすぐ見据えてにやりと笑う。マシアスとの技量の差を改めて感じたヴィートは以前のような眼に戻っていた。それは“狂犬”と呼ばれひたすらに剣の理を吸収した時の眼だ。


 「行くぞマシアス。いくら負けようが構わねえ。その高みに追いついてみせる。」

 「ふふ。良いね。良い顔になった。さあ……来い!」


 その後、マシアスが気の過剰行使で体力が尽き、剣が振れなくなるまで2人の模擬戦は続いた。戦績はマシアスが大幅に勝ち越し、さらに差が開いた結果となる。


 気が付くと辺りは暗くなっていた。


 「はぁ、はぁ、はぁ……あー負けた負けた。ここまで負けたらいっそ清々しいわ。」

 「ははは。もう駄目だ。もう剣振れない。」

 「夕方までのつもりだったけど気付いたら夜じゃん。」

 「本当だ。ご飯食べに行こうか。」

 「ちょっとアルバンに用事あるから水浴びでもして暇潰してくれ。」


 そう言ってアルバンを探すヴィート。周囲で訓練していたらしくすぐに見つかった。


 アルバンの戦いを見るのは随分ぶりだ。その動きは堂に入っており、大会で見せた二刀流を高いレベルで振るえるようになっている。マシアス程の規格外ではないがアルバンもまた、高い才能の持ち主なのだ。


 戦いが終わったのを見計らってアルバンに声をかけた。


 「おーすアルバン。久しぶり。」

 「お、ヴィートじゃないか。聞いたぞ、スラムの話。しっちゃかめっちゃかにかき回したようじゃねえか。」

 「もう知ってんのか。流石、耳が早い。」

 「スラムにも多少伝手があるからな。といっても詳しくは知らないんだが。また後で聞かせてもらうぜ。」

 「ああ。それで前頼んでた件、異能の噂なんだけどもう大丈夫って事を伝えたかったんだ。」

 「了解。王都全体に広まってるだろうから、しばらくは大変だろうが頑張れよ。」

 「この後飯食いに行くんだけど一緒にどう?」

 「んー、どうせ暇だし行くかー。」

 「おっけ。とりあえず水浴びるか。」


 かなり気温が下がっているため水を浴びるのは少し辛い。熱を持った身体に冷たい井戸水をかけて汗を流す。同じように水を浴びる男たちの熱気で湯気が立っていた。


 早々に身体を清めて近くのたき火にあたる。


 「うー身体が火照ってるとはいえこの寒さで水浴びはこたえる。」

 「あ、ヴィート。こっちこっち。」

 「アルバンも飯に誘ったけどいいかい?」

 「うん。構わないよ。」

 「さて何食うかなー。」

 「最近寒いから身体があったまる料理がいいな。」

 「“青山の頂”は?チーズなんか体あったまるんじゃない?」

 「山岳料理の店だっけ。いいね。」

 「よー。お待たせ。すまんがちっとは火にあたらせてくれ。寒い。」

 「そうだなもう少しあたるか。」

 「ヴィートはここ数日何してたの?」

 「俺が知ってる限りでは、スラム最大の組織クロッカスと敵対。党首の跡目争いに首突っ込んで現党首を引きずりおろした、って聞いてる。」

 「いや微妙にねじ曲がってるな……。クロッカスと敵対して、本部に潜入したら臨時代表が代表を監禁してたから助けた訳よ。それで代表が復帰して、もう俺と敵対しない、って宣言してもらったわけ。」

 「最近のクロッカスの方針転換は臨時代表の仕業だったのか。スラムの情報ははっきりとはわからないからありがたい。」

 「で、実は臨時代表は代表の息子で親子喧嘩だったのさ。代表は親として責任を取り辞職。今は次期代表の選出に大わらわってとこじゃないかな。ま、とにかくもう片付いたから大丈夫だ。俺は気ままな冒険者に戻るよ。」

 「ヴィートは何かと騒動を起こすね。」

 「いや、俺はそんなつもり無いんだけど。騒動の方からこっちにくるんだ。」

 「さて、そろそろ身体も温まったぞ。店は決まってるのか?」

 「“青山の頂”にしようかと思って。」

 「いいな。じゃ行くか。」


 3人でぶらぶらと店まで向かう。


 「いらっしゃい。」

 「よう親父。3人な。」

 「ああ、空いた席に座ってくれ。」


 注文したのはホットワイン、牛肉とキノコの炒め煮、黒パン、ラクレットチーズと茹でた芋。料理が揃ったところで乾杯し、各々食べだす。


 ほとんど食べたことのある料理なのだが、初めて食べるのは牛肉とキノコの炒め煮だ。王都では秋に沢山生えるオレンジ色のキノコを干しキノコにして秋冬と食べる。前世の干しシイタケとは違い味よりも香りが良いキノコだ。寒くなると王都の酒場ではどこでも出される料理なのだという。


 口に入れると重厚な肉のうまみが広がる。前世のビーフストロガノフに近いだろうか。しっかりした濃い味が黒パンによく合う。


 「なあヴィート、魔法得意なんだっけ?」

 「ああ、まあそこそこ。」

 「チーズ溶かしてくれ。」

 「りょーかい。」


 アルバンに頼まれて指先から火を出す。ラクレットチーズを溶かして、パンとジャガイモの上にかけてやった。ふと横を見るとわくわくした顔でマシアスが順番待ちをしていた。


 「おいおい、ランプがあるだろ。」

 「火力が弱いからうまくチーズが溶けないんだ。」

 「しょうがねーな。」


 マシアスにもチーズをサービスし、自身のパンや芋にもかけていく。激しく運動した身体に塩気と脂気が染み入る。


 「そう言えばヴィート、鍛練の際にオーレリアと会ったんだけど随分寂しがってたよ。大会以降戦ってくれないって。」

 「あー、そう言われれば戦ってないな。忘れてたわ。」

 「彼女拗ねちゃって、絶対に見返してやるって。かなり強くなってるから楽しみにしててね。」

 「それは良い事を聞いた。楯を使った相手は珍しいから良い訓練になる。」

 「はーお堅いねえ。もっと語るべきことがあるだろうよ!なぁヴィート誰が本命なんだ?」

 「本命?」

 「居酒屋のマリ、女騎士オーレリア、ダークホースで受付嬢レア。それ以外にも結構いろんな娘がお前を狙ってるぞ。」

 「ええー、いやマリやオーレリアとはそんな仲じゃ……。」

 「じゃあレアか!?」

 「いや、レアとはそもそもそんなには付き合い無い。」

 「はぁつまらんなあ。お前いくつになった?」

 「15。」

 「15か。もう成人はしてるんだろ。もうちょっとお前色気をだな。」

 「アルバンは女の子の話が好きだね?」

 「お前もだぞマシアス。お前アルバンより年上だろ?いくつだ?」

 「19、年を越したら20になるよ。」

 「お前20にもなって浮いた話の一つもないのか!」

 「住み込みの弟子だし、恋愛は手が出ないかな。」

 「俺も恋愛はまだいい。」

 「かぁー!やっぱあれか、恋愛を剣に捧げて強くなってんのか?俺も強くなりたいけど男でもありてぇ。」

 「いや、別に男を捨ててはいないんだけど……。」

 「お前らちょっとモテてるからって調子に乗って、恋愛に興味ありませんよーみたいな、スカした態度とってるけどな。モテなくなるのなんてすぐだぞ!すぐ!」

 「随分絡み酒だなアルバン……ってお前ウイスキー飲んでるじゃん。」

 「いやぁ、ワインじゃちょっと物足りなくてな。お代はヴィートにお任せ!」

 「……いや、まあ世話になってるからさ。別にいいはいいんだけど……。」

 「アルバンだって結構モテてるんじゃないの?」

 「んーなんというか、もうすぐいい歳っていうのもあって、言い寄ってくるのがこう……ぎらぎらした女なんだな。身持ち固めたいっ、って感じの。お前らみたいに純真な女子にキャーキャー言われたい訳。」

 「贅沢言うなぁ。」 


 そうして真夜中近くまで男子トークにふけり解散したのだった。ヴィートはと言えばホットワイン数杯とウイスキーを2杯とそこまで飲んでいないため、きっちりと魔法の訓練を行って就寝した。

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