第14話



 ギルドを後にしたヴィートは受注証を見ながら昼食をとる。もちろんいつもの食堂だ。


 『ダンジョン、“シモンの錬金塔”への護衛。1日約銀貨2枚を予定。当方魔術の心得がある為前衛希望。人数は1~3人程度が好ましい……か。錬金術って知ってる?』


 『知らん。私が封印されている間に興った学問だろう。私の知識もお前と同程度だよ。確か金属を反応させて金を取り出す事を目標とした学問だったか。』


 『ああ、前世だとそうだったな。結局金は作り出せず、廃れていったみたいだけど。この世界ではどうなんだろう。可能だと思う?』


 『可能性が無いとは言わん。儀式魔法と似たようなものだろう。』


 『儀式魔法?習ってないんだけど……。』


 『そう簡単に出来る代物じゃない。……そうだな、普段の魔法をチートとするなら儀式魔法はバグといったところか。特定の場所や時間、品物、呪文などを使って思った通りの事象を引き起こす。準備に莫大な時間と労力がかかり、失敗もしやすいが世界に働きかける力は強い。』


 『ふーん不便そうだな……。』


 『実際不便だ。その不便さを振り切るだけの情熱を持った者にしか使えんからな。現代だと聖職者や邪教徒位しか使っていないのではないか?それこそ錬金術師もか。』


 『なるほど。錬金術は実際儀式魔法の一種、って言えるわけか。』


 『前世の様に鉛を金に変える、などといった常識はずれの事象を引き起こすなら儀式魔法の領域のはずだ。そのを見つけるまで血のにじむような努力が必要だろうが。』


 『結構面白そうだけど。錬金術。』


 『そのイメージは前世の漫画に引っ張られているぞ。多分。』


 「ねぇヴィート。今日はオーレリアさんと一緒じゃないの?」


 ローランドと話しているのだが周囲から見ると黙々と食事をとっているようにしか見えないヴィートに店員のマリが話しかける。


 「そんなに毎日一緒じゃないさ。」


 「それで、昨日の話!オーレリアさんとはどんな関係?」


 「どんなって、いうなれば戦友ってところかな!」


 「ふーん、それならいいんだけど。」


 「どうしたんだ。昨日から変だぞ。」


 「べっつにぃー。ヴィートが鼻の下伸ばしてるのが気に入らないだけ!」


 (きっと友達が少ないから、数少ない友達がとられたように感じて拗ねてるんだな……可哀想に。)


 「なによその変な顔。」


 「いや、なんでも。気にするなよ。」


 「変なの……。」


 「あ、そうだ休みの日っていつ?」


 「な、なんで?」


 「いや、たまには遊びに行こうと思って。俺もしばらくは暇だからさ。」


 「そんな急に……3日後はお休みだけど……。」


 「よし、3日後な!食堂まで迎えに行くよ。それじゃ。」


 顔を真っ赤にしたマリを放置し店をでるヴィート。そのまま王都錬金術研究所へと向かう。


 『ヴィート、その……なんだ。さっきの店員、マリの事だが……気があるのか?』


 『いきなり何言ってんだお前。中学生か。』


 『いや、そうじゃなくてだな……あんまりこういう事を言うのもなんだが、おそらくマリはお前に気があるぞ。』


 『いやいやいや。ないない。それは無い。』


 『そうだろうか?さっきの顔は思い人にデートに誘われた乙女そのものだったと思うのだ。』


 『いや無いって。いつも突っかかってくるし。』


 『前世でいう所の“ツンデレ”ではないのか?』


 『デレてた記憶なんて無いが。』


 『元来の意味では仲が深まるにつれデレが出るのが“ツンデレ”だというじゃないか。ともかく、お前にその気がないなら相手に期待させるような行動は慎め。王都を出るとき辛い思いをさせるぞ。』


 『無いと思うけどなー。』


 恋バナをしながら歩き、中央区の王都錬金術研究所へとたどり着いた。城からほど近い中央区では学校、研究所、役所など様々な公的施設と、大きな商会の本部がひしめき合っており熱気と厳粛さが混じった不思議な雰囲気だ。


 (ここが王都錬金術研究所……なんかぼろくねえ?)


 王都錬金術研究所は中央区の外れに建っており、建物自体は立派だったのだろうが最近は手入れがされていないのかところどころ傷みが目立つ。蔦や苔が生い茂っており遺跡の様な雰囲気だ。


古びたドアを開けると中は外ほど酷くない。ただ、掃除はされていないようで埃や蜘蛛の巣が各所に溜まっていた。玄関から入ってすぐは受付のようでカウンターが置かれているが人はいない。


 「すみませーん!依頼を受けてきたんですけどー!」


 ヴィートが大声で呼んでも誰も来ない。無人なのだろうか。


 「すみませーん!」


 「うるせー!そんなに大声出さんでも聞こえとるわー!」


 「うわ、びっくりした。」


 奥からバタバタと現れたのは眼鏡をかけた老人だ。頭を短髪にし、顎髭は長い。その毛は真っ白で生きてきた年月を感じさせる。ローブを身にまとった姿はまさに魔術師!……錬金術師なのだが。


 「あなたがイドリスさん?」


 「違う。わしはイドリスの師匠、偉大なる錬金術師フラヴィオじゃ!」


 (偉大なる、って言う割にはあんまり聞いたことないけど……。)


 「あぁじゃあイドリスさんはどこに?」


 「もうちっと驚かんかい。イドリスは今実験中じゃ。それより依頼で来たと言うとったが何の依頼なんじゃ?」


 「錬金塔に行くための護衛だと聞いてます。」


 「錬金塔か!わしももうあと十歳若かったらついて行ったんじゃがのー。」


 「錬金塔ってどんなところなんです?」


 「なんじゃ、おぬし行った事ないのか?それじゃあ秘密じゃ。初めて見たらおったまげるぞ!」


 「は、はあ……。」


 「ぬ、おぬし今めんどくさいとか思っとるな!?」


 「い、いえそんなことは。」


 「ふん。まあええわい。ついてくるといい。イドリスの元まで案内しようぞ。」


 そう言われてフラヴィオについていく。奥の部屋を開けると中は非常にごちゃごちゃしている。謎の石像、金属の管が何本も刺さった機械、美しい色の石塊、巨大な天秤、何が入っているのかわからない何個もある瓶……そんな物に囲まれた中心で皿の上で何かを燃やしている男がいた。


 「おうい、イドリス。お客さんだぞい。」


 「待ってください師匠、今いいところなので……。」


 眼鏡をかけた男性だ。長い金髪を後ろで縛っている。


 「今何しとる?」


 「小国群産の鉱石を熱していました。他所では見つからない金属が混じっている、と先方は主張しているようなのですが……。」


 「なに、小国群が主張して正しかったことなど無い。それはもういいからお客さんの相手をしなさい。」


 ルート王国よりはるか南西に位置する紛争地域を小国群と呼ぶ。互いしのぎを削っており他国を食い物にしてでも金や資源を稼ごうとするため信用されていない。今回の鉱石に関しても新金属が含有しているとの触れ込みで売りに出されたが実際は質の悪い鉄鉱石の様だ。


 「ええと……あなたは?」


 「あ、冒険者ギルドで依頼を受注したヴィートと言います。よろしく。」


 「ああ!錬金塔の護衛の件ですね!良かった。依頼料があんまり出せない事もあってなかなか人が来てくれなかったのです。」


 「冒険者ギルドから後は本人と条件を詰めてくれ、って言われてます。あ、これ受注証です。」


 「……はい、確かに。ちょっと待ってください椅子持ってきますね。」


 そう言ってガラクタの山をかき分けて奥へと消えるイドリス。ごそごそと音がしていたがしばらくすると1脚の椅子を抱えてイドリスが戻ってくる。


 「すいませんお待たせしました。何分来客も久々で……。」


 「……なぁイドリス。わしの分の椅子も持ってきてよかったんじゃよ?」


 「え?師匠も参加するんですか?」


 「いや塔へ行くだけの体力はないが、なにかアドバイスをと思ってな。若いころはよく行っとったし。」


 「師匠の若い頃って何十年前ですか。面倒なんで私が立ってますよ。ほら。」


 「そうじゃ、たしか使ってない応接椅子があったじゃろ?」


 「もう応接椅子は売りましたよ?ドラゴンの卵の殻を買った時に。」


 「そうじゃったか?しょうがないのー。わしは自分の研究室に戻ることにするわい。流石にもう少し椅子を残しておくべきじゃった……。」


 「師匠がすみません……来客が久々ではしゃいでるんです。」


 「フラヴィオさんって凄い人なんです?」


 「ええ。それはもう!この王都錬金術研究所は師匠の若い頃完成させた功績を元に作られたのですから!知りませんか?いままでかなり長い時間をかけて作られていた牛皮紙ですが、師匠の開発した牛皮紙生成薬を使うとその手間は4分の1!王都では行政で紙を沢山消費します。ご先祖様はそれを見越して“魔牛の楽園”近くに王都を置いた、って説もある位です。その手間が4分の1になるのです。これが凄くない訳ありませんよ!」


 「あ、ああ。そうですね。」


 「おっとすみません。興奮してしまいました。それから、敬語でなくとも構いませんよ。どれくらいになるかはわかりませんが、依頼を受けて下さったらそこそこの時間一緒にいる訳ですから。息が詰まってしまいます。」


 「それじゃ、お言葉に甘えて。といってもイドリスさんは敬語のままだけど?」


 「私はこれが性分ですから。気にしないでください。」


 「依頼には“シモンの錬金塔”調査の護衛と書いてあったけど……錬金塔っていったいどんな所?」


 「錬金塔は遥か昔、伝説の錬金術師シモンが建てたと言われる塔です。彼の研究成果を守るために内部はダンジョン化しており未だ踏破した者はいません。肝心な彼の研究成果ですが、重要な物の1つは賢者の石ですね。他には霊薬エリキサ、現代には伝わっていない錬金金属など、どれ1つとっても莫大な富を生み出す事でしょう。」


 「その研究成果を取りに行くって事か。」


 「いえ、今まで歴戦の猛者たちが挑戦して駄目だったものを、たった2人で登りきることは不可能です。私が調査しているのは塔そのものですよ。塔もシモンの残した錬金技術で作られてますから、非常に興味深い研究対象です。まあ、奥に行けるならそれに越したことはないのですが。」


 「俺はダンジョンに行くのが初めてなんだが何か必要な物は?」


 「ダンジョンの魔物はほとんどが魔力を多分に持っています。そのため魔法が効きにくい特性があるのです。純粋な戦闘力が必要になります。それ以外は水や食料、薬など一般的な野営の準備をして下さったら大丈夫です。旅程は片道3日、調査3日、帰りに3日で約9日。大目に見積もって10日ほどの食糧を用意してください。」


 「剣と鎧を店に預けててね。手元に来るのが多分1週間後になる。それ以降でも構わないかい?」


 「はい。急ぎじゃありませんから。ヴィートさんは剣士なのですか?」


 「うーん。どちらかといえば剣士かな。体術も魔法も使えるけど。」


 「珍しいですね。魔法が使える剣士なんて。どんな精霊と契約してるんです?」


 「いや、(精霊とは)契約はしてない。自身の魔力を使った強化魔法だ。」


 「なるほど、稀にいるそうですね。自身の魔力をそのまま使用できる人間が。実に興味深い。」


 「じゃあ、とりあえず日程についてはまた後日話を詰めよう。報酬は1日につき銀貨2枚と聞いたけど?」


 「あまり沢山は報酬を用意できなくて申し訳ありません。余裕が無いのです。ヴィートさんが一人ですから多少は色を付けてあげられますけど。」


 「まあこっちもダンジョンの見学を兼ねてるから報酬に無理は言わないよ。銀貨2枚で構わない。そう言えばフラヴィオさんが凄い薬開発した、って言ってたけどその儲けは?」


 「その当時の王に接収されてしまいまして……実力が認められてこの研究所が作られたのはいいのですが、それ以外に儲けは出なかったそうです。」


 「あーなんかゴメン。聞いたら悪かったかな。」


 「いえ、昔から王都にいた人なら皆知ってることですから。」


 「えーと、イドリスさんは魔法が使えると聞いたけどどれくらい使えるもんなの?」


 「そうですね……互いの力量を確認しないといけませんし、ギルドの訓練所で訓練といきましょうか。」


 「そうだな。力量を見て満足してもらえたら依頼は本決定ということで。」


 「はは、まあそんなに深入りするつもりはありませんからそこまで本意気でなくとも大丈夫ですよ。」


 (まぁ、ぼろぼろの革鎧を着た銅ランク冒険者なんて大したことないって思うよなふつー。ひとつ驚かせてやりますか!)


 そうして、2人でギルドに足を運んだ。

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