07. call

 そこで翔太は、スクリーンのすぐ上のところ、翔太の座った位置から見て斜め右上に据えられた鍵盤タイプのキーボードに手を伸ばして、右手でキーを打ち始めた。

どこからでもよかったが、まずはCから始めてみた。

Cのキーを押すと、左のスクリーンに表示されたのは、先ほどフォローしたアーティストの曲の中からCをベースにしたいくつもの曲のメロディラインが表示された。

あるいは、Cをベースにしていないものでも、Cを基準に構成しなおされて表示された。

そして中央のスクリーンには、そこから抽出されたいくつかのメロディのパターン。

Cから始まったメロディが、次につづく音として採用した音の分布図が、ドットチャートと色分けのパターンで直感的にわかるように表示されていた。


 翔太はそれを見ながら、思いつきに従って適当に指を動かしてメロディを奏でてみた。

一音ごとに、左と中央のスクリーンはめまぐるしくパターンを切り替えて表示して見せた。

右のスクリーンには、今翔太が奏でたメロディラインが表示されている。

翔太は最初の出来栄えとしては満足したので、左手の人差し指で右のスクリーンを軽く指差すと、次のメロディにかかった。

すると、さきほどのメロディラインは保存されたまま、新しいメロディがその上に重ねられるようにして表示された。

フィジカルのスクリーンと、仮想スクリーンの作り出すレイヤーだ。


 これを数回くり返したところで、翔太は手を止めた。

そこでおもむろに左手をひねって中指を曲げ、歌のタイトルを声に出すと、翔太の眼前には仮想スクリーンで歌詞が表示された。

前に見たときに拡大表示したままだったので、全体を見られるように、右手の親指と人差し指を使って縮小した(これら一連の操作に、常に頭蓋骨内のチップも関連しているのは言うまでもない)。


 今回、この歌詞にメロディをつけようとしているのだ。

先ほどの練習で、翔太の中にはメロディのアイディアはほぼ出来ていたから、あとは鍵盤で弾きながら形にしていく段階だ。


「翔太」

 呼びかけられたのはこの時だ。

声と共に、視界の端に光が瞬いている。

呼びかけてきているのは環だ。

コール無しで、いきなり声が聞こえるように翔太が設定している相手は、環を含めて数人だけだ。

接続をオープンにするかどうか、ネットが判断を求めてきている。


 せっかくメロディのアイディアがほぼ固まったところだ。

ここで形にしておかなければ、このアイディアは失われることはわかっている。

とはいえ、失われたところで、同じような手順をくり返せば、またメロディは生まれてくるだろうという事もわかっている。

もちろん、今回と同じアイディアではなくなっているだろうが。


 「なんだ」

 左手の手のひらを上に向けて、上に動かしながら返事をした。

それにもちろん、頭蓋骨内のチップとの連携。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る