最後の5分間 ~中学生の男女の場合~

西宮樹

最後の五分間 ~中学生の男女の場合~


 電光掲示板を横目で見ると、新幹線の発車時刻は今から五分後だった。

 つまり、こうして一緒にいれるのは、残り五分という事になる。


「わざわざ悪いな、見送りまでしてもらって」

「ううん、気にしないで。私も暇だったし、それにこれから別の電車に乗らなくちゃいけないの」

「そっか、ありがと。親も改札までは来てくれたけど、ホームまで来てくれたのは湯本だけだったからさ。せっかくの息子の門出だってのに、冷たい親だよ、まったく」

「でも、普通そんなものじゃない?」


 「たしかにな」と言って、彼は小さくはにかんだ。

 いつもと変わらない、さわやかな笑顔。放課後、図書室の窓から見た、校庭でシュートを決めた彼の笑顔を思い出す。

 そうだ、あれが恋の始まりだった。


「……東京、行っちゃうんだね」

「せっかくのスポーツ推薦だしね。親戚の家も向こうにあるから」


 彼はサッカー部のエースとして、我が校を全国大会まで導いた。その結果、東京の高校からスカウトがかかったのだ。


「でもサッカーの強豪校なら、練習とか辛そうだよね」

「まあね。それに周りも強い選手ばっかだから不安もあるし」

「大丈夫だよ、絶対に」

「はは、ありがと。でも俺、ちっとも怖くないんだ。むしろわくわくしてる」

「え?」

「なんていうかさ、自分の限界に挑戦できるって、すごいラッキーだと思うんだ。だから勇気を出して、頑張ってみようって」


 勇気。それは、今の私には存在しないものだった。

 友達の関係から、恋人の関係へ。

 一歩踏み出したいけれど、臆病な私にはとても無理な話だ。


「……私も欲しいな、勇気」

「じゃあ、一歩踏み出す事が大事なんじゃないか?」

「え?」

「まずはやってみる。勇気って、そこから生まれるんだと思うよ」


 一歩踏み出す。

 彼の言葉が、私の頭に響く。

 そうだ、一歩踏み出さなくっちゃ、何も始まらないではないか。

 私の恋だって、始まらない。


「そろそろ時間だ」


 気が付くと、最後の五分間が過ぎ去っていて。彼との時間は終わりを迎える。


「じゃあ、また連絡するよ」


 彼は私に背を向けて、新幹線へと乗り込む。

 これは最後のチャンスだ。だから一歩、踏み出すんだ!


「雄太君!」


 すでに新幹線に乗っていた彼は、驚いた顔で振り向いている。

 一歩踏み出した。後はもう、その勢いのまま進むだけだ。

 跳ねる心臓の音を無視するように、私は言葉を続ける。


「ずっと前から、大好きでした!」


 新幹線のホームに響く大きな声。下げた頭を上げる事が出来ない。

 私はどんな顔をしてるだろう。彼はどんな顔をしてるだろう。

 私には永遠に感じられた一秒が過ぎた後、彼は口を開いた。

 

「俺もだよ」


 え?

 聞き返そうと顔を上げると、新幹線の扉は無常にも閉まっていた。だけど、窓ガラス越しの彼の表情は。


 私が恋をした、爽やかな笑顔だった。



 こうして、友達としての最後の五分間は終わり。

 恋人としての時間が、これから始まる。



 願わくばそれが、五分なんて短い時間じゃなく、永遠に続きますように。

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