芥川龍之介『羅生門』その後。ある2人の物語!

EMO

第1話

誰かと抱き合っていた。

私は、なきじゃくっていた。

やがて、誰かが消えた。


枕が涙で濡れていた。

「またあの夢を見たんだ。」

私は、小さなときから不思議な夢をみていた。

夢の内容は覚えていないが、誰かとの別れが悲しくて起きたら必ず涙が出ていた。



八神有希やがみゆき7月3日生まれの23才、OLです。

年齢イコール彼氏無し。

って、なに言わせるんですか。」

有希は、占い師に突っ込んだ。


大阪のオフィス街の梅田でも有数の当たると有名な占い師だ。


特に、前世を観る事に掛けては右に出る者がいないと言われている。


「とにかく、私の運命の人はいつ現れるんでしょうか?」

有希は、彼氏がいない事に焦っていた。


「そうね、まずはあなたの前世を観て観ましょうか。

前世って言っても、すぐ前の前世は見えません。

何百年も前の前世から見ていくものなのです。」

占い師は、いつもの事なので慣れたものだ。


「うーん、あなたの前世は……。

ハエ?蜘蛛?カマキリ?」

占い師が不思議そうにしていた。


「あ、あのー。

なんか、虫ばっかりなんですが。」

有希が、不安になって聞いた。


「あ…、いえ。

うーん…。

す…すみません。

あなたの、前世から何か探ろうとしたんですけど、複雑と言うか何か、分かりません。

ただ、運命の人は必ずいます。

あなたの前世の中に強い光が見えました。

それが、そうだと思います。」

占い師が、慰め半分に示してくれた。



「あーっはははっははっ!

大丈夫だよっ!

あんたの前世が虫でもっ!

ミドリムシでも友達だからねっ!

あーっはははっ!」

親友の萌が笑い転げてた。


「あんたねー!

誰がミドリムシじゃっ!」


(私の前世ってなんなの?)


ーーーーーーーーーーーーーーー


起きたら泣いていた。

「また、あの夢か…」

俺は、昔からたまに不思議な夢を見ていた。

内容は、覚えていないが誰かとずっと手を繋いでいたり、誰かと悲しい別れがあったり。

起きたら必ず涙が出ていた。

別に不快な感じはない、ただ涙が出てるだけだった。




「秘技ちゃぶ台返し!」

俺が、ちゃぶ台を返した。


ちゃぶ台返しとは、ちゃぶ台で相手の視界を塞ぎ、攻撃の死角を作る技である。


「とりゃー!」

相手が、ちゃぶ台を躱して攻撃をしてきた。


「あまいわっ!」

俺は、難なく躱した。


「何っ!」

相手の手をとり背負投げした。


「はいっ、カッートッ!」

監督が、カットした。



「んじゃ、次は来週な。

また、頼むな。」

監督の、たかしから言われた。


「おう、またな。」

俺は、挨拶を交して帰った。


俺は、三上真吾みかみしんご20才で、大学の演劇部に所属している。


今回は、友人の隆の頼みで、映研の映画撮影の役者として参加していた。


演劇部と映研の関係は、切っても切れないが、相容れない部分もあり複雑だ。


俺は、バイトの時間があるので急いで十三じゅうそう駅に向った。


角を曲がった瞬間、自転車とぶつかった。

「きゃっ!」


俺は、尻もちをついたくらいだったが、相手は盛大にコケていた。


しかも、タイトスカートの中を露わにして。


「ゴ、ゴメン怪我してない?

大丈夫?」

コケた自転車の女の人が謝ってきた。


「いえ、大丈夫です。

それより…、その…、スカートを…。」

俺は、言いにくいけどそれとなく言った。


「えっ?」

女の人は、改めて自分の姿を見て顔を赤らめた。


「キャー!

み、見た?

見たよね!

は、恥ずかしい!」

女の人は、佇まいを正しながら言った。


見てませんとも言えず、考えていたら。


「ごめんね、不注意で。

病院に行って、検査してね。

連絡先は……。」

復活した女の人は、稲垣萌いながきもえ23才のOLさんだった。


それぞれ自己紹介して、病院にいく約束をさせられ別れた。


俺は、病院に行く程でもなかったので、バイト先の居酒屋にいそいだ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ふわふわする感覚だった。


『俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。』


男は走っていた。


羅生門から逃げてきてから、振り返らず一目散に。


男は、見知らぬ場所を走っていた。


男は、ふと気付き辺りを見回したが何も無い。


背丈の半分程の草が生い茂った場所だ。


落ち着いた男は道を歩いて進んだ。


何も無い道だ。


道以外の周りは背丈の半分程の草が生い茂っている。


木も無い。


はるか向こうに山が見える。


『都に、この様な場所があったとは。』


ふと、先を見ると人が歩いていた。


『人だ。』

男は、戸惑った。


声を掛けるべきか、逃げるべきか。


先程の自分の行いが、善では無い事は百も承知だ。


だが、生きていく上では仕方がない。


だが、自分の中で、何かが逃げろと言う。


『罪悪感か?』


『いや、違う。

俺は、生きる為に仕方なくやっただけだ。』

男は、自分の中のもう一人の自分に言い聞かせた。


男は、人のもとに走っていった。


「すまん、ここはどこだ?」

男は、先を歩いていた人に声を掛けた。


人は女だった。


見窄らしいみすぼらしい着物を着た女だ。


だが、女は振り返りもせず歩き続けた。


男は、ムッとしたが再度声を掛けた。


「おい、ここはどこだと聞いている。」


女は、歩みを止め振り返った。


男は、驚いた。


先程の羅生門の中で髪を抜かれていた死体の女だった。


顔をよく見ていたわけではない、だがあの女だと確信した。


『なぜ、ここにいる?』


「お前は、何者だ!」

男は、思った事とは違う言葉が口から出ていた。


「……」

女は答えない。


『他人の空似だな。』

自分に言い聞かせた。


よく見ると、女の姿は見窄らしいを通り越していた。


女の着物はぼろぼろで、乳房の片方が丸見えだった。


男の欲望がざわついた。


『犯すか。』


だが、気付くと手に持っていた着物を女に掛けていた。


羅生門で、老婆から奪った着物だ。


なぜか女に掛けてやっていた。


女は、礼も言わず着物に袖を通した。


すると、女は男の腕を掴み草むらの方へ引っ張った。


女は草むらの中でおもむろに着物を脱いだ。


そして、男を押し倒した。


男は何をされているか分からなかった。


だが、気付くと女と肌を重ねていた。


事が済むと女は着物を着て、また道に戻り歩いて行った。


男は思った。


『ああ、そう言う生き方をしていたのか。

あの女も生きる為に、糧を得る為に。

何かと交換に自分の身体を売って。』


男は、女が何者でも良くなっていた。


女に興味が湧いてきた。


「おーい。

待ってくれ。

俺も一緒に連れて行ってくれ」


男は、女のもとに走って行った。


ーーーーーーーーーーーーー


男と女が連れ立って歩いて3日経った。


あれ以来、女とは肌を合わせてない。


生きる為に、何かと交換する為の行為なのだ。


男も、求めない。


この3日間不思議と、腹も空かない。


歩き詰めで疲れはするが、少し休めば回復する。


男と女は、名を教え合った。


男は、ヤスケ。


女は、ヤエと名乗った。


ヤエは、気付いたらこの道を歩いていたと言った。


ずっと一人で歩いていた。


いつから歩いていたか忘れた。


歩き始めてから、初めて見た人がヤスケだった。


最初に声をかけられた時は、幻聴かと思ったと言った。


あまりにも人に会わずにいたら人の言葉を忘れたと言って笑った。


ヤスケは、ヤエの笑顔が好きだった。


最初は、無口な女だと思っていたが、慣れてくるとよく話し、よく笑う女だった。


ヤスケはヤエの身の上の事は何も聞かなかった。


ヤエもヤスケの事は聞かなかった。


ただ一緒に歩いているだけでよかった。


そうこう、しているうちにさらに2日たった。


ーーーーーーーーーーーーー


2人の目の前には、大きな門があった。


門の上には、泰広庁しんこうちょうと記してあった。


ヤスケもヤエも薄々は勘づいていた。


自分達は既に死んでいるのだと。


門が開いていった。


2人は、素直に門の中に入って行った。


中を進むと、立派な建物があり数段のなだらかな階段があった。


階段の上部に大きな人がいた。


「儂は、泰広王と呼ばれておる。

今からお前達の生前の行いを裁いていく。

どこに転生するかは各王達の判定次第だ。

儂がするのは、お前達の死因の確認だけだ。

自死の場合は裁き方が変わるからな。」

泰広王が、優しく語った。


「まず、ヤエ。」

泰広王がヤエに話しかけた。


「は、はい。」

ヤエは少し緊張しながら返事をした。


「ヤエ、お前は餓死した。

食う物も無く、1人寂しく亡くなり羅生門に打ち捨てられた。

間違いないか?」

泰広王が聞いた。


「分かりません。

気付いたら道を歩いていました。

ヤスケに声を掛けられるまでずっと。

長い時を歩いていた様に思います。」

ヤエが、素直に思っている事を言った。


「なるほど、よく分かった。」

泰広王は、納得していた。


「次に、ヤスケ。」

泰広王は、ヤスケに向かって声を掛けた。


「はい。」

ヤスケは、先程のヤエとのやりとりを見ていたので落ち着いて答えられた。


「ヤスケよ、お前は羅生門から走って逃げている途中で、辻斬りに会い死んだ。

間違いないか?」

泰広王が聞いた。


「分かりません。

私も気付いたら道を進んでいました。」

ヤスケも、素直に答えた。


「ふむ、なるほど。

2人の縁はそれが原因か。」

泰広王は、何かに納得したように言った。


「両名とも、次の庁に向かう事を許す。

あの門を出て道を行け。

これにて閉廷。」

泰広王が場を締めた。


2人は、門を出ると道を歩いて進んだ。


歩いて行く道中は、たわいも無い事をはなしながら進んだ。


5日程歩くと、河にたどり着いた。


所謂いわゆる、三途の河だ。


大きな河だ。


周りを見回しても、橋は無い。


泳いで渡るしか無い。


ヤスケは、ヤエをおんぶして渡ろうと思っていた。


「ヤエ、この河を泳いで渡ろう。

俺が、ヤエをおんぶして泳ぐから安心してくれ。」


「おんぶは駄目。

一緒に泳いで渡ろう。

おんぶしてたら泳げないよ。

私は、泳げるから。」


ヤスケは、ヤエの言葉にヤエの強さを見た。


ただ、与えられるだけの人生をしてこなかった証拠だ。


人の命が軽い世の中で、懸命に生きてきたのだ。


自分を、切り売りしてでも生きて来た。


そして、食べる事が出来なくなって餓死したのだ。


『死ぬ前のヤエに出会っていたら、俺の人生は変わっていただろうか。』


ヤスケはヤエに出会えて良かったと思った。


ヤスケとヤエは身体を着物の帯で繋ぎ一緒に泳いで渡った。


途中、ヤスケが足を滑らせ溺れかけたりしたが、無事に渡りきった。


「ヤスケ、ちょっと待って。」

ヤエが言った。


ヤエが、いきなり着物を脱いだ。


裸になり、河辺に行き髪を洗い始めた。


「この先、汚いままで行きたく無いから。」

ヤエは無邪気に答えた。


ヤスケも着物を脱いで身体を洗い始めた。


身体を洗いながらヤエを見つめた。


綺麗だった。


愛おしく思えた。


「ヤエ、好きだ。」

ヤスケは、思わず口に出していた。


「!!!」

ヤエは、ヤスケを見て固まった。


そして、涙した。


「人から、そんな事言われたのは初めて!」

ヤエが泣きながらヤスケの胸に抱きついた。


そして、ゆっくりとヤスケとヤエは唇を重ねた。


ヤエは、生活の糧を得る以外で初めて男に身体を委ねた。


ーーーーーーーーーーーーー


三途の河を渡ってから1日程歩くと門が見えた。


門の上には初江庁しょこうちょうとあった。


中に入ると、大きな机があり、その向こうに大きな人がいた。


迫力のある顔だが、どこか優しい目をしていた。


「我は、お前達の罪を計る者だ。

泰広王より報告はきておる。

お前達は、人は殺めてはおらん。

しかし、盗みはしておる。

ヤスケよ、生きる為とは言え老婆から着物を剥ぎ取るのは強盗となり、許される罪では無い。

ヤスケ有罪。

何か、言いたい事はあるか?」

初江王がヤスケに聞いた。


「いいえ、ありません。

全て、事実です。」

ヤスケは素直に認めた。


「ヤエよ、お前は他人の畑から些少の野菜を盗んでは食べておった。

罪は罪として記録しておるが、不問とする。

これにて、閉廷。

あの横の門より出て次なる庁へ行け。」

初江王が横の門を指した。


「「はい。」」

2人は礼をして門に向かった。


2人は門を出た。


門からまた道が続いていた。


「次は何を裁かれるのかな。」

ヤエがポツリと呟いた。


「分からない。」

ヤスケが返した。


「生きる事が罪なのかな。」

ヤエが呟いた。


「それは違う。

さっきも、ヤエの罪は不問になった。」

ヤスケが返した。


「罪ってなんなのかな。」

ヤエが呟いた。


「分からない。」

ヤスケが返した。


ヤスケとヤエは問答を繰り返しながら先へ進んだ。


7日程歩くと、また大きな門が見えた。


門の上に宗帝庁そうていちょうとあった。


門が自然に開いた。


2人は門の中に入っていった。


門の中には大きな建物があり、なだらかな階段の上に大きな人がいた。


階段の両端の右側にに大蛇が、左側に大きな猫が控えていた。


「ここは、邪婬じゃいんを裁く場所じゃ。

ヤスケよ、お前は不問じゃ。

さほど女とまぐわっておらぬからな。」

ヤスケは赤くなった。


「ヤエよ、お前は心当たりがあるだろう。

お前は、生きる為とは言え数多あまたの男に身体を売ってきた。

だが、生きる目的以外では身体を売ってはおらん。

不問には出来んが、罪一等減じる。

ヤエよ、何か言いたい事はあるか?」

宗帝王がヤエに聞いた。


「ありません。

ありがとうございます。

全て事実です。」

ヤエが素直に答えた。


「これにて閉廷。

あの門より出て行け。

次なる庁が待っておる。」

宗帝王が横の門を指した。


「「はい。」」

2人は礼をすると門に向かった。


門を出ると、道が続いていた。


「生きる為には仕方がなかった。」

ヤエが呟いた。


「知ってる。」

ヤスケが返した。


「生きるって何だろう。」

ヤエが呟いた。


「分からない。」

ヤスケが返した。


「ヤスケは、私の事を軽蔑するか?」

ヤエが聞いた。


「しない。

ヤエに出会えて良かったと思う。」

ヤスケが返した。


「つらかった。

生きる事が。

毎日が地獄だった。

食べる為に身体を売って、蛇を開いた物を魚の干物と言って売ったりした。

でも、いつのまにか死んでたんだ。

私も、ヤスケと出会えて良かった。」

ヤエが微笑みながら涙を流した。


いつのまにかヤスケとヤエは手を繋いで歩いていた。


二度と離れないと言わんばかりに。


ーーーーーーーーーーーーー


随分長い間歩いたようだった。


何年も歩いたように感じた。


どれくらい歩いたか忘れた。


ある時、いきなり目の前に門が現れた。


やっと五官庁ごかんちょうに着いた。


2人は歩いている間、片時も離れなかった。


門の中に入っても手を離さなかった。


目の前にいる五官王も手を繋いでいる事には何も言わない。


「ここでは、嘘を裁く。

ヤスケよ、お前の嘘は無害な嘘だ。

だから不問とする。

何か言いたい事はあるか?」

五官王が、ヤスケに問うた。


「ありません。」

ヤスケは、素直に答えた。


「ヤエよ、お前は、蛇を干魚と偽り販売した。

それだけならば、不問だったが、その蛇を食った子供が腹を壊し、死んだ。

直接の死因は違うが、お前の罪だ。

ヤエは、有罪とする。

何か言いたい事はあるか?」

五官王が、ヤエに問うた。


「いいえ、ありません。

全て事実です。

子供が死んだとは知りませんでした。

悪い事をしました。

どんな罰でもお受けします。」

ヤエが、素直に答えた。


「お前達の罪は全て次の閻魔庁えんまちょうに報告した。

次の閻魔庁に赴き裁きを受けよ。

これにて閉廷。

あの門より出て行け。」


「「はい。」」


門を出て道を進んだ。


ヤエは、罪が増えたが気落ちはしてなかった。


ヤスケが居てくれたから。


ヤスケとヤエは手を繋いだまま歩いた。


言葉は、一言も発して無い。


言葉はいらなかった。


ヤスケもヤエも同じ気持ちだった。


どんな罰でも受ける。


2人が一緒ならばどんな場所でも耐えられる。


7日程歩くと門が現れた。


閻魔庁と書いてある門だ。


いよいよ裁きが始まる。


ヤスケとヤエは手を強く握りしめた。


門が開いた。


中に入り、閻魔王の前に来た。


2人は、真っ直ぐに閻魔王の目を見た。


「これより、ヤスケ、ヤエの判決を申し渡す。」

閻魔王は、迫力ある声で言った。


「ヤスケは、天に転生するには、徳が足りず、また畜生道に転生する程には罪を犯しておらん。

よって、人間に転生とする。」


「ヤエは、人間に転生するには少し罪が多い、よって畜生道に転生とする。

以上。」


ヤスケが、手を上げた。


「どうした?」


閻魔王が聞いた。


「はい、おそれながら、私も畜生道にお願い出来ないでしょうか。」


「何故だ?」


「私は、ヤエと離れたくないのです。

私も、ヤエと一緒の畜生道に行きたい。」


ヤスケは、ハッキリと閻魔王の目を見て言った。


「それは駄目だ。

既に決定している。」

閻魔王が、ヤスケに言ったが、諦めきれないだろうとも思った。


「仕方がない、お前達に教えてやる。

お前達、2人以外他の死者に会ったか?」

閻魔王が問うた。


「「いいえ、会いませんでした。」」

2人同時に答えた。


「それはな、本来死者はここまで1人で来る決まりだからだ。

死者の道は数多あまたあり、決して交わる事は無い。

だが、お前達は2人で来た。

理由は、分かるか?」

また、閻魔王が問うた。


「「分かりません。」」

2人同時に答えた。


「普通、生前の縁があれば死者の道がたまに交わる事もある。

その場合でも連れ立って来ると言うのはまず無い。

しかし、お前達は生前の縁は全く無い。

だが、お前達には縁が出来ている。

魂が惹かれ合っている。」

ヤスケとヤエは、繋いだ手を強く握りしめて見つめ合った。


「これは、羅生門でヤエの死体から老婆が髪を抜いているのを見たヤスケが老婆から着物を奪っただろう。

結果として、死者であるヤエの尊厳を護った事になり、縁が出来た。

泰広王が、2人の不思議な縁に興味を持ってな、死者の道を一瞬だけ交わらせたのだ。

その一瞬に縁が繋がれば2人の道は1本になる。

お前達は見事に縁を繋いだ。」

ヤスケとヤエは繋いだ手を更に強く握りしめた。


「ここに来るまで、長い道のりを歩いて来ただろう。

その間に、魂が惹かれ合った。

もう、ここ迄話せば分かるだろう。

お前達の魂は、人間道、畜生道に分かれても惹かれ合う。

いつか必ず出会うだろう。

だが、畜生道は数万回転生せねば人間に転生出来ん。

儂の情けだ、ヤエにはヤスケの魂の色が分かるようにしてやる。

ヤスケは人間に転生だから、魂の色は見えん。

記憶も消える。

これは決まりだからどうしようもない。

ヤエがヤスケを探すしか無い。

ヤエが人間に転生出来たら魂の色は見え無くなるが、魂同士が惹かれ合って出会うだろう。」

閻魔王の慈悲で、希望が湧いた。


「「ありがとうございます。」」

2人同時に礼を言った。


「それでは、2人とも転生の準備に入る。

隣の部屋にて待機しておれ。」

閻魔王が指示した。


「「はい。」」


隣の部屋に入るとヤエが泣き出した。


「ヤスケ、ヤスケ、ヤスケ」

ヤスケの胸に抱きついて顔を埋めて泣いた。


ヤスケはヤエの頭を大事そうに抱きしめた。


不意に、ヤエの姿が薄くなっていった。


転生が始まった。


「ヤスケ、必ず探し出して会いに行くから。

必ず。

私と分からなくてもいい。

あなたの側に必ず行くから。

必ず人間に転生するから待ってて…」

最後まで言い切らずヤエが消えた。


ヤスケもヤエに言いたい事は沢山あったが、言葉が出なかった。


ヤスケの姿も、まもなく消えた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「またあの夢だ…」

目が覚めると詳しい内容は忘れているが、涙で枕が濡れている。



朝起きてからすぐに、萌さんから電話があった。


病院に行ったかの確認だったが、行く程ではないので正直に言うと叱られた。


なので、仕方なしに病院に行き、診断書をもらって萌さんに会いに行った。


「ゴメンね、わざわざ来てもらって。

どうしても、仕事が抜けられなくてね。」

萌さんから謝られた。


「いえ、構いません。

バイト先が近くでしたから、ついでです。」

俺のバイト先を教えた。


「えっ?

そうなの。

たまに飲みに行く所よ。

また、会えるといいわね。」

俺は、厨房なので接客には出ない事を伝えると残念がっていた。


それから、萌さんとの交流が始まった。


ほとんど、メールでのやり取りだが、たまに電話で近況を報告したりした。


そんな時、合コンをセッティングしてくれと言ってきた。


男子大学生にとって、年上のOLとの合コンなんて憧れの的だった。


募集したらすぐに集まった。


下心満載で。


萌さんは、どちらかと言えば合コンは好きでは無いようだったが、親友の為に開くらしい。


その親友は、運命の人を待っていて、彼氏がいまだにいないそうだ。


ちょっと痛い人かなと想像してみた。


合コンの日、俺は急用が出来て行けなくなってしまった。


幹事を隆に任せて、ばあちゃんの元に向かった。


ばあちゃんが、危篤になったんだ。


ばあちゃんは、回復したけど入院が長引く事になった。


翌日、電話で萌さんに合コンに行けなかった事を謝った。


「いいわよ、それよりおばあちゃん回復して良かったわね。

おばあちゃん孝行しっかりやるのよ。」

萌さんも、気にしてないふうだった。


「そう言えば、親友さんの運命の人はどうなったんですか?」

ちょっと気になってた。


「いやー、今回もハズレだったみたい。

まーあの子、前世ミドリムシだしね。

あはははっ!」

萌さんが、思い出し笑いしだした。


「ミドリムシですか。

すごい人ですね。」

俺は、相づち程度の返答をした。


「でも、可愛い子なのよ。

綺麗だし、オッパイでかいし。

しかも、運命の人がいるって適当な彼氏作らないのよ。

でもミドリムシだけどね。

あーははははっ!」

また、思い出し笑いしだした。


「あー、アゴが痛いわ。

笑すぎたわ。」

萌さんが復活して言った。


「そうだ、今度うちの演劇部の公演があるんですけど来ませんか?」

俺は、軽い気持ちで誘ってみた。


「そうね、あの子と気分転換に行ってみようかな。

で、いつ?」

俺は、日時を教えて電話を切った。



俺たちの演劇部は、ちょっと変わっていた。


代々の決まりで、行き当たりばったりが部の方針だった。


時には、全裸模様Tシャツと全裸模様ズボンを着て御堂筋を踊りながら歩いたり。


もちろん、秘部はモザイク模様にしてある。


女の部員までするのだから通行人からかなり驚かれた。


今回の公演も、行き当たりばったりだ。


基本の筋は決まっているが、内容は観客席から出したお題で変わる。


例えば、ロミオとジュリエットが筋だとしたら、お題に江戸時代と言われたら殿と姫の悲恋を即興でしなければならない。


だからか、結構人気だった。


公演の日、萌さんだけが来ていた。


例の親友は、急用で来られないそうだった。


俺たちは、白雪姫を筋にして客席にお題を聞いた。


お題は、お笑いだった。


お笑いは俺たちの得意分野だ、乗りまくって演技した。


萌さんは、喜んでくれた。


後で知った事だが、萌さんは密かに隆と付き合いだしたそうだ。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


また、ふわふわする感覚だ。


男が布団に寝ていた。


病床だ。


男は、農民の次男に生まれて地主の元に奉公に出された。


そして、嫁をもらい小さいながらも幸せな家庭を持った。


今は、静かに死を待つ身の上だ。


ふと、枕元を見ると子雀がいた。


「ああ、ヤエが来てくれた…」


男は、こと切れた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「もう、来たのか。

ヤスケいや、ジロウだったな。」

泰広王が言った。


「いえ、ヤスケで結構です。

死ぬ前にヤエに会いました。

順調に転生しているようで安心しました。」

ヤスケは泰広王に答えた。


「お前の此度の人生は可もなく不可もなし。

このまま閻魔庁まで行くと人間への転生だな。」

泰広王が、言った。


「はい、ありがとうございます。」

ヤスケが礼を言った。


「本来は、最初に判決を云うのは違反だが、お前達の縁を結び付けた手前気になってな。」

泰広王がはにかみながら言った。


「はい、お気にかけていただいてありがとうございます。」

ヤスケは、再び礼を言って退出した。


また、長い道を歩いて各庁を巡った。


そしてやっと、閻魔庁に到着した。


「ジロウよ、判決を申し渡す。

お前は、徳は積んで無いが人にも害を与えずに生きてきた。

天に転生する道もあるが、特別に選ばせてやる。

天か人かどちらか選べ。」

閻魔王は、いたずらっ子の様にヤスケに聞いた。


「はい、人にてお願い致します。

ヤエが待っておりますから。」

ヤスケがニコニコしながら答えた。


「分かっておったわ。

からかっただけだ。

お前達は仲が良いな。」

閻魔王が、面白そうに言った。


「今際の際にヤエに会いました。

順調に転生している様で安心しました。」

ヤスケは、ほっとしたように答えた。


「ヤエなー。」

閻魔王が言いにくそうにしていた。


「何かありましたか?」

ヤスケは不安になった。


「実はな、子雀の姿でお前の荼毘の炎に飛び込んでしまったのだ。

お前に気付いてもらえてよっぽど嬉しかったのだろう。

だがな、自死するとまた最初から転生をやり直ししなければならない。

天寿をまっとうして初めて転生できるのだから。

だから、さっき注意してから送りだした。」

閻魔王が、渋い顔をして教えてくれた。


「ヤエが来ていたんですか?

会いたかった。」

ヤスケは本心から残念がった。


「残念ながら会わす事は出来ん。

決まりだからな。」

閻魔王は、無情に答えた。


「はい、分かっております。

わがままを言いましてすみません。」

ヤスケも素直に謝った。


「では、転生の準備が整うまで、隣の部屋で待っておれ。」


「はい。」


しばらくするとヤスケの転生が始まった。


「来世もヤエに会えるといいな。」


ーーーーーーーーーーーーー


ある所に、僧がいた。


若いうちから、苦行をつみ大阿闍梨も夢では無いだろうと言われた僧だ。


ある時は、流行り病の村に赴き病魔退散の護摩を焚き。


ある時は、飢饉の村へ供物を寄進したり。


かなり広範囲にわたって活動していた。


不思議な事に、この僧にはいつもカラスが付いて回っていた。


僧とカラスも慣れたもので、旅先での食事は1人と1羽で分け合ったりもした。


ある時、旅先で僧が足を挫いて動けなくなり辺りも暗くなりいよいよ危なくなった時、カラスが鳴きながら人を誘導してくれて助かった事があった。


助けてくれた人いわく。

「カラスとは思えない程頭が良く、道を外れたら必ず修正して来た。

流石は貴方様のお使いのカラスですね。」

と言われた。


カラスと僧は友だちだった。


僧からすれば、カラスの一時の気まぐれで付き合ってくれてるだけだと思っていた。


ある山道を歩いている時、山犬に襲われた。


その時、カラスが助けてくれた。


何度もクチバシで、山犬に攻撃をしていた。


山犬も、前足でカラスを叩いたりしていた。


気を取り直した僧は、手に持った杖を使い、やっと山犬を追い払った。


カラスは、ボロボロになっていたが、満足そうに一鳴きするとやっとの調子で飛んで行った。


その日から、カラスが見当たらなくなった。


あの山犬との闘いのキズが癒えないのか、と心配した。


カラスが来なくなって数年経つと、今度はフクロウが来るようになった。


僧は、フクロウはカラスの生まれ変わりだと確信していた。


行脚している時はいつも肩に止まっていた。


辺りでは、フクロウ坊主と有名になっていた。


フクロウも僧の肩に止まっている時は穏やかだった。


たまに、ネズミを狩ってきて僧を驚かしたりした。


ある町に来た時、フクロウが僧の肩から飛び立って、大きな木で休んでいると、子供がいたずらでフクロウに石を投げた。


僧は、焦ってやめさせようとしたが、子供は余計に面白がって石を投げた。


その石がフクロウに当たった。


当たりどころが悪かったのか、フクロウは死んでしまった。


僧は、その場でフクロウを抱えて泣き崩れた。



その日から、僧が狂った。


飲む打つ買うを当たり前のように始めた。


他人の為に祈る事はしなくなった。


困って縋りすがり付いてくる人を足蹴にした事もあった。


人死に関わる事だけはしなかったが、兎に角今まで積んだ徳を帳消しにするかの様に荒れた。


僧は、破戒僧と呼ばれるまでになった。



ある、さひれたいおりに1人僧は寝ていた。


晩年の荒れた生活で、身体がボロボロになって死を待つ身の上になっていた。


僧の側に、1羽の鶴が舞い降りた。


「ああ、ヤエ。

来てくれたのか。

何時も助けてくれて、ありがとう。

守ってあげられなくて、ごめんな。

お前との約束忘れてないよ。

必ず出会う為に、人で待っているよ。

君と、旅した日々は楽しかったな…。

必ず待っているから…」


僧は、息を引き取った。


傍に、鶴を残して。


鶴の悲しそうな鳴き声だけが辺りにこだました。


ーーーーーーーーーーーーーー


「お前は、何という無茶をするんだ。」

ヤスケは、泰広王から叱られていた。


「すみません。」

ヤスケも、素直に謝った。


「今回のお前の判決は、どうなるか分からん。

各王の判断でどうとでも変わるぞ。

ワシが言えるのはここまでだ。

各庁に赴き、反省の弁を述べてなるべく罪を減じてもらえ。

では、あの門より出て行け。」

泰広王が、孫に言い聞かせるように言った。


「はい、ありがとうございます。

では、行ってまいります。」

ヤスケも、泰広王から気にかけてもらえてるのを知っているので、申し訳無かった。


門を出て、各庁を巡った。


やはり、各王から叱られた。


ヤスケは、各王から叱られているのに嬉しかった。


こんな自分でも、叱ってくれる人がいるんだ、真剣に心配してくれる人がいるんだ、と思うと嬉しかった。


各庁の王も、泰広王と同じでヤスケとヤエを孫のように感じていた。


死してから紡いだ縁の行方が気になっていたのだ。


長い道のりを経て閻魔庁に着いた。


「ヤスケよ、お前は何という無茶をしたのだ。

いくらヤエを待つ為とは言え、徳を帳消しにする行いには儂もヒヤヒヤしたぞ。」

閻魔王が、少し叱りながらも優しく言った。


「すみません。

あの、フクロウの死する時に天に昇る魂を見てヤエだと気づきました。

同時に、このままだと天に転生する事に気付いてしまいまして、徳を帳消しにする為にやりました。」

ヤスケは、僧の自分が狂ったようになった原因を語った。


「そうか、まさか人のお前がヤエの魂を見る事が出来るとは思わなかったな。

お前達の結び付きを甘く見ていた。」

閻魔王が、反省していた。


「すみません。

私は、まだ人でいなければならないのです。

ヤエと約束しましたから。」

ヤスケは、閻魔王を真っ直ぐに見て言った。


「今回は、特別だ。

積んだ徳と犯した罪を天秤に掛けた。

少し罪が重かったが、人への転生を妨げる程では無かった。

判決を言い渡す。

今回の件を鑑みてお前の記憶を完全に消す。

そして、人に転生とする。

だが、死してからは記憶を取り戻すだろう。」

閻魔王の、情けの入った判決が下りた。


「ありがとうございます。」

ヤスケは、素直に喜んだ。


「では、隣の部屋にて転生をまて。」

閻魔王が言った。


ヤスケの転生が始まった。


「ヤエ、待っててくれるかな。

辛くないかな。

いや、ヤエ待っててくれ。

必ず出会う為に。」


ーーーーーーーーーーーーー


海辺の岩場で侍は、竿から垂れる糸の先を見つめていた。


水面の浮きが、ピクッピクッと動いた。


朝から初めてのあたりだ。


慎重に合わせなければならない。


浮きが、一気に沈むと同時に合わせて竿を立てた。


グンッ!


魚がかかった。


なかなかの引きだ。


魚が、疲れるまで少し押し引きを繰り返した。


魚の勢いが落ちてきた。


魚がバレない様に糸を手繰り寄せて魚を上げた。


「おおー、鯛か。

晩飯は、贅沢できるな。」

侍は、満足そうに呟いた。


侍の名は、伝三郎。


三十俵三人扶持の御家人だ。


妻に先立たれ、今は、愛猫と一緒に暮らしている。


「ミケも喜ぶだろう。

この大きさだ、塩焼きが美味いだろうな。」

鯛を、満足そうに抱えながら笑った。


伝三郎は、同心の組屋敷に帰ると愛猫のミケを探した。


「おーい、ミケどこ行った?

今晩は、鯛だぞ。」

伝三郎は、広くもない屋敷を探した。


ひょこっとミケが現れた。


なんでもない様な素振りで毛繕いしだした。


「お前は、いいよな。

気楽で。」

伝三郎が、ミケに軽い嫌味を言った。


「ニャッ。」


ミケが、まるで返事をした様に鳴いた。


伝三郎は、ミケがたまに返事の様に鳴くのでからかい半分でよく会話していた。


ある日、ミケが妊娠しているのが分かった。


ミケが家の中で、過ごすことが多くなってきた。


伝三郎も気になって、仕事が手につかなかった。


たまに、栄養のあるものを食わせようと魚を釣ってきた。


ミケは、3匹の子猫を産んだ。


2匹は、隣の組屋敷の同心仲間が貰ってくれた。


残りの1匹は、身体が弱く痩せてまともに育たないかもしれないと思い伝三郎が育てる事にした。


子猫の名前は、ヤエと名付けた。


意味は無い。


ただ、ふと思いついただけだ。


ヤエは、目が見えるようになると伝三郎の後を付いて回った。


どこに行くのも付いて来るので困ってしまった。


仕方なしに、仕事に行く時は懐に入れて連れて行った。


ヤエは、懐に入っている時は大人しくしていた。


ヤエは、スクスク育ってくれた。


産まれた時の弱々しさはなくなった。


いつのまにか、伝三郎の後を付いて来なくなっていた。


たまに、懐に潜り込んで来ては仕事に付いては来るが。


伝三郎は、少し寂しくなった。


子離れ出来ない親の気持ちだろうか、ヤエの後をつけてみた。


すると、朝顔畑の横の空き地で猫達の集会をしていた。


その猫達の集会の頭かしら的存在がヤエだった。


伝三郎は、驚いた。


「ニャッ、ニャーッ、ニャッ!」

猫の言葉は分からないが、多分町内の見廻りの事を話してるのではないかと想像した。


ふと、自分の横にミケが居るのに気付いた。


自分の子の成長と自立に戸惑っている親の様に見守っていた。


「ニャッ。」


ミケは、さも『行くわよ』と言わんばかりに伝三郎に向かって鳴くと踵を返して戻って行った。


ヤエの頭かしら事件から数ヶ月経ったある日の夕方、伝三郎は奉行所から呼び出しがあった。


強盗のタレコミがあったのだ。


盗賊達の逮捕のため、与力、同心全て集められた。


ある金貸しを今晩襲うらしい。


相手もそれなりの人数を揃えているだろう。


深夜、タレコミどおり強盗があった。


大多数の乱闘になった。


乱闘の中、一匹の猫が目に入ってきた。


ヤエでもミケでも無かったが、盗賊の顔を爪で引っ掻いている猫がいた。


その猫を、盗賊が乱暴に引き剥がして刀で斬ろうとしていた。


伝三郎は思わず、身体が動いて猫をかばって斬られてしまった。


斬った盗賊は、同僚が抑えてくれた。


伝三郎の腕の中には、見知らぬ猫がいた。


「よかった。

あまり無茶をするなよ。」

ふらつきながら、安全な場所に猫を下ろしてやった。


不意に、辺りが揺れた。

伝三郎が、いきなり倒れた。


「ハア、ハア、ハア…」

(斬られた場所が悪かったようだ。

俺は、まもなく死ぬな。)


「ミケ、ヤエ達者でな。」

伝三郎が、最後の言葉を振り絞った。


「ニャーッ!」


ミケが鳴きながら伝三郎の胸に飛び込んで来た。


伝三郎は驚いた、そして魂が震えた。


「ああ、お前がヤエだったんだ。

最後に会えて良かった。

よかっ……」

伝三郎がこと切れた。


「ミャッ、ニャーッ!」

ミケの言葉にならない悲しい鳴き声が辺りに響いた。


どこからともなく猫達が数多く集まって来た。


乱闘中の盗賊達だけに猫達が襲い掛かった。


辺りは、地獄絵図になった。


盗賊達の中には、目玉を抉り出された者や喉仏を噛み切られた者がいた。


与力や同心達は手出し出来なかった。


ただ、茫然と成り行きを見てるだけしか無かった。


その日以来、ミケを見る者は無かった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「伝三郎、判決を言い渡す。

人間に転生。」

閻魔王が、淡々と判決を言い渡した。


「ありがとうございます。」

伝三郎ことヤスケが礼を言った。


「閻魔王様、規則違反は承知しておりますが、敢えてお聞きします。」

ヤスケが改まって聞いた。


「うん?

なんだ。」

閻魔王も拒まなかった。


「はい。

ヤエの転生は、順調に進んでいるのでしょうか?」

ヤスケは、気になっている事を聞いた。


「そうだな、順調だぞ。

もう少しだ、待っておれ。」

閻魔王は、気前よく教えてくれた。


「ありがとうございます。」

ヤスケも、素直に礼を言った。


「では、転生の準備が整うまで隣の部屋にて待機せよ。」

閻魔王が、指示した。


「はい。」

ヤスケは、いつもの部屋に入った。


「良かった。

ヤエにもうすぐ会える。」

ヤスケの転生が始まった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


ヤスケの転生も20回を超えていた。


漁師になったり、学者になったり、高貴な生まれになったりもした。


今際の際にヤエに会えなかったりもした。


だが、ヤエの転生も順調にいっていると確信している。


ーーーーーーーーーーーーーー


「閻魔王様、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

ヤスケが閻魔王に質問した。


「なんだ?」

閻魔王も拒まなかった。


「実は、ここ数回の今際の際に、ヤエの魂が見えないのです。

いつもは、数回の内にひょっこりと現れるのですが、ヤエの転生に何かあったのでしょうか?」

ヤスケは、どうしても気になっていた。


閻魔王も、観念したように口を開いた。


「そうだな、もう教えても良いだろう。

ヤスケよ、ヤエは既に人間に転生しておる。」

閻魔王から信じられない言葉が出てきた。


ヤスケは、今まで聞きたかった言葉を聞けた事に打ち震えた。


「本当ですかっ!」

ヤスケは、閻魔王に向かって叫んでいた。


「この閻魔に対して失礼な言い回しだな。

ワシが嘘をつくか。」

閻魔王は、笑いながらヤスケをたしなめた。


「あっ!

す、すみません。

やっとヤエに会えると思うとつい口に出てしまいました。」

ヤスケは、少し冷静さを取り戻した。


「良い。

だが、いくら魂が惹かれ合うと言ってもすぐに会えるとは限らんぞ。」

閻魔王は、ヤスケの逸る気持ちをたしなめた。


「は、はい。

分かっております。

今まで待ったのですから、気長に待ちます。

待つのは慣れております。」

ヤスケは、落ち着いて言った。


「とは言え、同じ人の輪廻に入ったのだ、そう永くは掛からんだろう。」

閻魔王も、期待していた。


「はい、ありがとうございます。」

ヤスケも素直に礼を言った。


「では、転生の準備に入る。

隣の部屋にて待っておれ。」

閻魔王が、隣の部屋を指した。


「はい。」

ヤスケが隣の部屋に入った。


ーーーーーーーーーーーーーー


ある病院の一室で、死を待つ老人がいた。


老衰である。


若い頃から精力的に働き、一代で財を成してきた。


周りには子供たちや、孫、曽孫がいる。


多少の悪さはしたが、幸せな人生だった。


静かに目を閉じた。


今際の際、不意にヤエの魂を感じた。


隣の病棟だ。


微かに赤ん坊の泣き声が聞こえた。


(ああ、ヤエが産まれてきた。

俺も、早く転生しなくては。)


「ヤエ…」


老人がこと切れた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


いつもの夢だ、また枕が濡れている。


最近、あの夢を見る回数が増えているように思う。



ーーーーーーーーーーーーーーー


「自転車でぶつかったって、相手は大丈夫なの?」

私は、相手が心配だった。


「大丈夫だって、言ってたわよ。

病院にも行くように言ったし。」

萌は、簡単に言った。


「言ってたわよって、確認してないの?」

不安になった。


「わ、分かったわよ。

明日、確認するわよ。」

萌が、しぶしぶ了解した。


本当に、肝心なところが抜けるんだから。


「でも、漫画みたいな事ってあるのね。

私も、食パン口にしながら走ってみるかな。」

ちょっと興味あった。


「あんた、本気でそれやったら痛い人だからね。」

萌が、引いてた。


「だいたい、有希は綺麗だしオッパイ大っきいから黙ってたら選り取り見取りなのになんで彼氏出来ないのかな?」

胸大きいのは関係ないでしょ。


「運命の人には、胸の大きさは関係ないの。」

胸だけで選ばれたくない。


「本当に、これだから。

運命の人なんているの?

少女マンガの世界は現実では痛いだけよ。」

痛い痛い言うな。


「いいの、いつか出会えるから。」

私の中に確信があった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ふわふわする感覚だ、また例の夢の中だわ。


最初は、何が何か分からなかった。


気がつくと、鳥に食べられていた。


次に、気がつくと風に乗ってふわふわ畑の上を飛んでいた。


また、鳥に食べられた。


そうこうしていると、魚になっていた。


小さな魚だった。


大きな魚から逃げていた。


捕まったら食べられる、本能が言った。


気付くと、大きな魚になっていた。


群れで行動していた。


もう、食べられる心配はない、そう思っていたらもっと大きな魚に食べられた。


次に気が付くと、海亀になっていた。


海の中で優雅に泳ぎながら過ごした。


サメなどが襲って来たりしたが、なんとか生き残った。


ある日、はるか遠くに懐かしい光が見えた。


何の光かは分からない。


無性に光の元に行きたくなった。


だが、光にはいくら泳いでも辿りつかなかった。


とうとう力尽きてしまった。



ピィーピィーッ。


気が付くと、巣の中で鳴いていた。


親雀が、エサを運んで来てくれて口の中に入れてくれた。


毎日、毎日同じように。


少し飛べるようになった。


ある日、少し高い木の上に飛んで登ってみた。


遠くを見ていると、あの光が見えた。


弱々しい光だったけど、懐かしい光だった。


子雀は、光の元に力いっぱい飛んだ。


子雀の力の限界ギリギリだった。


子雀がたどり着いたのは、ある家だった。


ふと見ると、寝ている人がいた。


光は、人から出ていた。


人の、枕元に降り立った。


人が、目を開けて子雀を見て呟いた。


「ああ、ヤエが来てくれた…」


瞬間、子雀は全てを思い出した。


(ああ、ヤスケ、ヤスケ、ヤスケ)


(やっと会えたと思ったら、また居なくなってしまうのか。)


(嫌だ、離れたくない。)


子雀は、男の横たわった姿を見ながら鳴き崩れた。


数日後、男が荼毘に付された。


(このまま一緒に焼かれたらヤスケと一緒になれるかな。)


子雀が、荼毘の炎に飛び込んだ。


ーーーーーーーーーーーーー


「お前は、何と言う事をするんだっ!

自分で、寿命を縮めると畜生道の輪廻から出られなくなるのだぞっ!

分かっておるのかっ!

自死など以ての外だっ!

今回は、特別だ!

始めからやり直せ。

分かったな。」

閻魔王が、かなりの剣幕でヤエを叱っていた。


「まあ、お前の気持ちも分からんでもない。

だが、気を付けろ。

次回、自死すれば畜生道の輪廻に囚われて人間に転生出来なくなるからな。」

閻魔王が心配する理由がそれだった。


こればかりはいくら閻魔王でも、どうしようもない。


「すみません。

知らなかったんです。

気を付けます。」

ヤエは、涙目で縮こまっていた。


それはそうだ、あの閻魔王に叱られているのだ。


だが、自分を心配して叱ってくれてるのが嬉しくもあった。


生前は、怒られはしても叱られる事は無かったから。


「まあ、良いわ。

天寿を全うすれば、すぐに次に転生出来る。

なに、たかが数万回の転生だ、千年も掛からんだろう。

見事やりとげてみせろ。」

閻魔王が、優しく言った。


そしてヤエが、消えた。


ーーーーーーーーーーーーーー


ハエが蜘蛛の巣に絡まってもがいていたが、しばらくすると力尽きた。


次に気が付くと、蜘蛛になっていた。


ある家の、隅に小さな巣を作ってじっとしていた。


その家に、ヤスケがいた。


小さな子供だった。


蜘蛛のヤエは驚いた、気がついたらあの光が目の前で輝いていたから。


だが、家人から巣ごと追い払われ焚き火に焼かれてしまった。


次々と転生していった。


色々な、虫やカエル、蛇、魚など。


ある時カラスに転生した。


のんびり山の中で過ごしていた。


そこへ、あの光が現れた。


光を見た瞬間に、ヤスケを思い出した。


僧になっていた。


最初は、遠くから見ていた。


だんだん、近くにいるようになっていた。


僧は、カラスを受け入れた。


僧が、何処に行くにも付いて行った。


僧が、食事を分けてくれるようになった時は、嬉しかった。


ある日、林の中で僧が足を挫いた。


ヤエは、焦った。


(もうすぐ、日が暮れる。

暗くなると、山犬が出る。)


(そうだ、さっきの村だ。)


ヤエは、村まで飛んだ。


村人がいた。


カァー、カァー、カァー。


村人の上で、旋回した。


村人が気付くまでずっと。


村人が気付いた。


村人は、不気味がって逃げようとするが、逃げる先に舞い降りて進行方向の邪魔をした。


村人は、ある方向だけ邪魔されない事に気づいた。


村人は、ふと気が付いた。


さっきの僧の近くにカラスがいた事に。


僧に何かあったのだろうか。


いつの間にか、カラスが先導していた。


カラスが案内した先に、僧がうずくまっていた。


足を挫いていた。


村まで肩を貸して運んで手当てをした。


ヤエは、ホッとした。


僧が治るまで村に滞在した。


カラスの姿は最初は不気味がられたが、僧の側で大人しくしていると村人も受け入れてくれて、餌もくれるようになった。


僧とカラスの旅は続いた。


ある日、僧が山犬に襲われた。


カァー、カァー!

(大変だ、助けないと。)


僧に飛びかかろうとしている山犬めがけてクチバシを出した。


クチバシと爪で山犬の目を狙って攻撃した。


山犬が、怯んだ、今だっ!


山犬に突っ込んでいったが、罠だった。


山犬は、怯んだフリをして懐に入れて前足でカラスを叩いた。


カラスの首筋が山犬の爪で切られた。


びっくりしていた僧が自分の杖を振り回して山犬に突っ込んでいった。


山犬も、あまりの迫力に退散した。


カラスは、ふらつきながら飛んだ。


(ダメだ、私はもうすぐ死ぬ。

死ぬ姿を見せたらヤスケが哀しむ。

ヤスケまたね。)


カラスは、森の奥に消えた。



フクロウに転生した。


今、ヤスケの肩に止まっている。


僧であるヤスケは、色々な所を旅していた。


行く先々で、人々から敬わられるヤスケを見ては嬉しくなった。


ある街に来た時、木に止まって休んでいると、イタズラ小僧が石を投げてきた。


子供の力では届かないだろうとほっておいた。


だが、僧であるヤスケが慌てて子供を止めようとしている。


(あっ、危ない!

ヤスケに当たる。)

ヤエが咄嗟に飛び立った。


その石が、フクロウの頭に当たってしまった。


(あっ、ダメ!

ヤスケの目の前で死ねない。

ダメ、動けない。)

フクロウは、死んでしまった。


フクロウの骸からヤエの魂が抜ける瞬間、僧と目が合った。


僧がヤスケに戻った。


(ヤスケ、ヤスケ、ヤスケ)


ヤスケと一緒に居たい、でも今はまだその時ではない。



鶴は、随分長い間飛んでいた。


遠く海を越えた先に、懐かしい光を見たから。


どうしても光の元に行かなければならないような気がしたから。


弱々しい光の元ついた瞬間、気づいた。


僧であったヤスケだ。


正真正銘のヤスケだ。


僧の顔だが、目の光がヤスケだった。


だが、またもヤスケが目の前で死んでしまった。


哀しかった。


鶴は、この地にずっと留まって生涯を閉じた。


ーーーーーーーーーーーーーー


ある時は、猫に転生してヤスケに飼われた事もあった。


ある時は、熊に転生して懐かしい光を見つけ近寄っていったら猟師に撃ち殺された。


ある時は、象になった。


そうこうしていると、閻魔王から呼び出された。


「ヤエよ、良く頑張った。

次回から人の輪廻に入れるぞ。」


「!!!っ!」

声にならないほど喜んだ。


(やっと、やっと!

ヤスケに会いに行ける。)


「だがヤエよ、すぐには会えるとは限らんぞ。

同じ輪廻に入ったに過ぎん。

同じ時間、同じ場所に生まれるとも限らん。」

閻魔王が、はやるヤエに注意した。


「はい、分かっております。

出会えるまで気長に待ちます。

待つのは慣れていますから。」

ヤエも慣れたものだ。


今まで千年も待ったのだ、今から千年でも待てる。


「では、隣の部屋で待っておれ。」


「はい。」


ヤエの人への転生が始まった。


「ヤスケ、待ってて。

必ず出会うから。」


ーーーーーーーーーーーーーーー


女が、逃げていた。


まだ、若い女だ。


頭の上から焼夷弾が降ってくる。


周りは火の海だ、逃げ場は無くなった。


腕の中に小さな子供を抱いて逃げていた。


知らない子だ、逃げている最中に泣いている子を拾った。


周りの炎は強さを増しながら、女と子供をのみ込んだ。


まさに地獄だ。


死の瞬間呟いた。


「ヤスケ助けて。」


ーーーーーーーーーーーーーーー


年老いた淑女といった雰囲気の老女が、ロッキングチェアで揺られていた。


幼女に、むかし話をするのが日課になっていた。


今日のむかし話は、幼女には難しかった。


ヤスケという男の人に出会った時の話だった。


しかも、ずっとずっとむかしのお話だった。


老女が話終わると、静かにロッキングチェアに沈み込み寝入った。


「ママー、おばあちゃん寝ちゃったー。」

幼女が、母親に報告に走っていった。


いつも、楽しいむかし話をしてくれる優しい大好きなおばあちゃんだ、風邪を引いては大変だから母親を呼んで毛布を掛けてもらうのだ。


「まあ、まあ。

風邪ひきますよ、お母様。」

愛用のブランケットを掛けようとして、異常に気がついた。


「お母様?

お母様っ!

起きて下さい。

お母様ーっ!」

老女は、眠るように亡くなっていた。


「おばあちゃんどうしたの?」

幼女が聞いてきた事で、どうにかパニックにならずに済んだ。


「ちょっと、眠ってるだけよ。」

母親は優しく言ってからすぐ電話で救急車を呼んだ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


夢の、内容はすぐに忘れてしまうけど、悲しさだけは残っていて、枕が涙で濡れている。



数日たったある日、萌から合コンの誘いがあった。


例の男子大学生にセッティングさせたそうだ。


大学生の子も可哀想に。


まあ、いい勉強になるだろう。


現実のOLを知るいい機会だ、側から見るほど華やかな世界では無い。


私を含めて表面を取り繕うのは絶品だ。


そして、裏を知れ。


わははははっ!


黒い私が出てきた。



合コンの日は、例の男子大学生は来なかった。


後で聞いたら、おばあさんが危篤になって病院に行っていたそうだ。


案外いい子かも。


合コンは、つまらなかった。


大学生だけあってノリは良かったけど、それだけだった。


やっぱり、魂が震えると言うか、よくわからないけどこの人と言える人が居なかった。


肉食系の同僚はお持ち帰りしてたけど、私はすぐに退散した。


萌は、以外と幹事代理と仲良くなっていた。


さらに数日後、演劇部の公演に誘われた。


面白そうだったので、快諾した。


たけど、当日になって仕事にトラブルが発生した。


私一人で解決出来なくなり、上司と一緒に先方に赴いてもらい、謝った。


萌には、謝って一人で公演に行ってもらった。


公演は、かなり面白かったそうだ。


笑い上戸の萌は、ずっと笑ってたと言ってた。



しばらくしてから、例の男子大学生がバイトしていると言う居酒屋に行った。


萌も、私もたまに行く居酒屋さんで、料理が美味しい。


「あっ、真吾君こっちこっち。」

萌が、料理を持った人を誘導した。


エプロンをした男の人だ。


「この人が、真吾君。

自転車で、ぶつけた人。

こっちが、有希。

ミドリムシね。」

なんちゅう紹介するねん。


「だれが、ミドリムシじゃ。

あっ、八神有希です。

いつも、萌がご迷惑をお掛けしてます。」

改めて自己紹介した。


「三上真吾です。

お話に聞いていたより、お綺麗ですよね。

ごゆっくりしていってください。」

そう言って厨房に戻って行った。


顔が赤くなるのが分かる。


「うーん、場慣れしてるわ。

流石演劇部。」

萌が関心していた。


「で、どうよ。

彼を見て。」

萌が、訳のわからない事を聞いてきた。


「何が?」


「何がって、彼の事どうよ?」


「別に。

他の男みたいにガツガツしてない分、好感は持てるかな。」

第一印象は、こんなもんかな。


「あっそう。

運命の人ではないようね。」

あっ、そっちでしたか。


「私も、運命の人ってどうしたら分かるかなんて、分からないわよ。」

運命の人の見分け方が分かれば苦労はしない。


「えーっ?

あんた、分からずに片っ端から断ってきたの。

勿体ない。」

別に勿体なくない。


「いいの、どのみち運命の人ではなかったから。」

どんなにエリートでもハンサムでも、運命の人でない事だけは分かる。


それ以降は、真吾君は厨房から出て来なかった。


正直、もう少し話をして見たかったかな。


何か、気になる。


ーーーーーーーーーーーーーー


萌さんから連絡があった。


親友を連れて居酒屋にいくからと。


まあ、確かに親友さんとはいつもすれ違いばかりだったから。


俺も男だ、綺麗でオッパイの大きな人と言うのに興味はある。


ホールの方で誰が料理を持って行くか揉めていた。


綺麗なOL二人組がいるらしい。


俺は、ピンと来た。


「俺が、持って行きます。

多分、俺の知り合いですから。」

周りのブーイングを無視してさっき作った料理を運んだ。


「あっ、真吾君こっちこっち。」

やはり萌さん達だった。


「この人が真吾君。

自転車で、ぶつけた人。

こっちが有希。

ミドリムシね。」

ミドリムシさんだ、笑いそうになった。


「だれがミドリムシじゃ。

あっ、八神有希です。

いつも、萌がご迷惑をお掛けしてます。」

有希さんか、綺麗な人だ。


萌さんと親友だけあって、気さくな感じの人だ。


「三上真吾です。

お話に聞いてたより、お綺麗ですよね。

ごゆっくりしていってください。」

厨房方面からの視線が痛い。


俺は、さっさと厨房に戻った。


「おい、いつあんな美人と知り合いになったんだ?

たまに来る人だよな。」

まあ、流石に目立つか。


「別に、前に自転車とぶつかったって言っただろ。

その時の人だよ。」

正直に言った。


「う、羨ましい。

俺も、美人さんに自転車で引かれたい。

ハイヒールならもっといいかも。」

変態かっ。



数日後、俺たちの公演に萌さんと有希さんを誘ってみた。


来てくれるそうだ。


今回の、お題は有希さんに頼んでみよう。


演目は、当日まで内緒だからお題も即興になるけど。



公演当日は、満員御礼だった。


萌さんも有希さんも来てくれていた。


主催者権限で最前列に席を取ってあったのでそこに座ってもらった。


今回の演目は、羅生門だ。


そう、芥川龍之介の羅生門。


公演の前に、恒例のお題の募集をする。


予め、俺の中で決めてた有希さんを指名した。


有希さんは、戸惑っていたが少し考えてから答えた。


「そうね、お題は『その後』で。」

よくある定番だ。


「はい、ありがとうございます。

では演目『羅生門その後』。

開演まで今しばらくお待ち下さい。」


「おい、どうする?

結構やったお題だぞ。

ある程度のパターンはやり尽くして、観客に先を読まれ易くて飽きられるぞ。」

そうなのだ、定番過ぎて目をつぶっても出来る。


「よしっ、観客を巻き込もう。

客席から出演者を募集してやろう。」


「でも、出来るか?

どのパターンでいく?」


「相手役のセリフがほとんどないヤツならBパターンだな。

突っ立ってるだけだから。」


「よしっ、それで行こう。」


演目が始まる少し前に、俺が舞台に立って説明した。


「と言う訳で、お題を出して頂いた美人のお姉さんにも協力して頂けないでしょうか?」

有希さんは、戸惑っていた。


萌さんは面白そうだから行けと、けしかけていた。


渋々、舞台に上がる有希さんの手を取って舞台に引き上げた。


有希さんの手を取った時、心臓が高鳴った。


女の人の手を握るなんていつもの事なのに、ドキドキした。


何故か分からない。


俺は、演技に集中するために平静を装った。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


萌と連れ立って劇場に来た。


真吾君の舞台だ。


萌は、何度も見たらしい。


今回の主役は真吾君だそうだ。


中に入ると、最前列の席に案内された。


席を取ってくれていたようだ。


演目は羅生門だそうだ。


また古典的なものを。


開演前に、お題の募集があると聞いていたが、まさか私を指名するなんて聞いてないよ。


萌を見ると、知っていたようでニヤニヤしていた。


後で締めてやる。


「そうね、お題は『その後』で。」

高校時代に同じ課題があったので気楽にその後にした。


「あんた、知ってたでしょう。」

萌を問い詰めた。


「あはははっ!

あの焦った顔!」

萌が笑い転げた。


やっぱり確信犯だったか。


そんな時、真吾君が舞台袖から出てきて説明を始めた。


「実は、『羅生門その後』は、何度もやっている公演でして、常連さんには何回も見てらっしゃる方もいると思います。

ですから、今回は主旨を変えて、観客席の中から役者を指名します。

と言う訳で、お題を出して頂いた美人のお姉さんにも協力して頂けないでしょうか?」

真吾君が私を指名してきた。


「えっ?

えっ!

私、演技した事なんてないよ。

無理無理むり!」

恥ずかしい、無理だ。


「いいじゃない、こんな機会滅多に無いわよ、貴重な経験になるわよ。

やりなさいよ。」

萌も、簡単に言ってくれる。


しかも、真吾君の期待を込めたあの目。


断れない…。


「わ…わかったわよ。

私、演技なんて出来ないわよ。」

念押しした。


「大丈夫ですよ、舞台のあの位置に立ってるだけですから。」

真吾君の言う事を信じよう。


「では、どうぞ。」

真吾君が舞台の上に誘い、手を差し伸べてきた。


手を繋いで舞台の上に引っ張り上げてくれた。


手を繋いだ瞬間、心臓が高鳴った。


びっくりした。


男の人と手を繋ぐなんて滅多に無いが、こんなにドキドキする事は無かった。


真吾君を見ると平然としていた。


女に慣れてるんだろうな。


ちょっと悔しかった。



舞台袖で、衣装を着付けてもらい、待機した。


まだ、ドキドキしてる。


真吾君を見ると、演技の為に何かを考えてるようだった。


ちょっとカッコいいと思った。


演劇は、私が一人で草むらの中の一本道を歩いている場面から始まった。


ナレーションが、人物の成り立ちや時代背景を説明した。


私は、ボーっと立ってるだけでいいそうだ。


後は、真吾君の一人芝居が始まる予定だ。


「おい、ここはどこだ?」

後ろから声を掛けられた、真吾君だ。


振り向かず、じっとしている。


「おい、ここはどこだと聞いている!」

さっきよりキツイいいまわしで声を掛けられた。


思わず、振り向いてしまった。


振り向くと真吾君に肩を掴まれた。


その瞬間、カミナリが落ちた様な衝撃がきた。


目の前にいる人がどうしようもなく愛おしく思えて、涙が出てきた。


「ヤ…ヤスケ…」

目の前の人を呼んだ。


「や…やっと会えた…」

涙が止まらなかった。


「ヤエ…」

目の前の人が私を呼んだ。


「ずっと待ってた…」

目の前の人も涙を流してた。


「「会いたかった……。」」


ヤスケを抱きしめた。


2人が抱きしめあっている時、舞台袖では騒ついていた。


「あんな設定だったか?

ヤスケ?

ヤエ?

下人に名前なんてあったか?」


観客席は、2人の演技を超えた感情の昂りを感じたのか、静かに見守っていた。


やがて、2人は唇を重ねた。


その瞬間、2人は白い光に包まれた。


その時、この劇場に奇跡が起こった。


光の中に浮かぶ、ヤスケとヤエの出会いから別れ、そして千年にもわたる邂逅。


それらが、走馬灯のように皆の頭の中に入ってきた。


皆の涙が止まらなかった。


千年も愛しい人に会う為だけに生きてきた2人の壮絶な人生に感動して。


その背後に神々しい人達がにこやかに見守っているのに気付いた。


ある人は、神様に見え、ある人は閻魔大王に見え、ある人は仏様に見えたと言った。


光が収まると、2人は舞台の上に倒れていた。


しっかりと手を繋いで。


その日の上演会は伝説になった。



気がつくと、私とは同じベッドに寝ていた、多分病院だろう、微かな消毒薬の匂いがする。


私の横に寝ている真吾を見てびっくりしたが、愛しく思えた。


真吾が目を覚ました。


「う…うん。

おはよう。」


「うん、おはよう。」


2人が、自然に唇を重ねようとしていた。


「ゴホンッ!」

唇が触れる直前、怒ったようなセキ払いが聞こえた。


振り返ると萌が仁王立ちして睨んでいた。


「あんたらねー、人がどんだけ心配したと思ってるのよっ!

心配して側にいたら、いきなりキスしだすし。

なにが『おはよう、有希』『うん、真吾おはよう。』よ。

バカップルかっ!

あんたら、2人がどうやっても手を離さないから一緒のベッドに寝かせてるのに、さも当然のようにピロートークしてるのよ。

だいたい、いつの間に名前で呼び合う関係になったのよ。」

萌が、一気にまくし立てた。


「まあ、いいわ。

言い訳は、みんなの前でしてもらうから。」

萌が首を回した先に、両親と、真吾の両親らしき人達が苦笑いしながら待っていた。


「2人とも、両家の挨拶は済んでいる。

あとは、結納と式だけだ。

曽孫はまだかとおばあちゃんもまってるからな。

その調子だと、すぐだろう。

よろしくな。」

真吾のお父さんが、言った。


「有希ちゃん。

お相手が、出来たらすぐに紹介しなさいよって口が酸っぱくなるほど言ってたのに。

何?、いきなりお泊り?

お父さん泣いてたわよ。

まあ、いい人みたいだから反対はしませんけどね、ちゃんと避妊はしなさいよ。」

お母さんが、明後日の勘違いをしていた。


「いやいや、早く曽孫をとおばあちゃんが言っていましてな。」

「子供は、結婚してからです。」

「今時は、デキ婚なんて当たり前ですから少しくらいは…」


周りの方が盛り上がっていた。


有希と真吾は、恥ずかしがりながら苦笑いした。


2人の運命の道が1つに繋がってからの人生はやっとスタートに立った。


全てはここから始まる。

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芥川龍之介『羅生門』その後。ある2人の物語! EMO @moe0206

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