あんよ、あんよ、じょうずね、あんよ

あやぺん

 

 雲が多く、月明かりが少ない夜。暑さと湿気が強い。何もしていないのに、汗が噴き出てくる。住職は、連日連夜続いている墓泥棒を捕らえようと、立派な墓石の陰に身を潜めていた。何匹もの蚊に吸われたので、足も腕も痒い。


 複数の人影が現れ、住職は息を殺して待った。あの世で苦労しないように、骨壷に金銭を入れる風習があるため、このような罰当たりが後を絶たない。


 住職はリンリンと鈴を鳴らして、見廻り隊と息子達に合図を出した。墓泥棒に一斉に飛びかかる。


 逃げようとした、墓泥棒を見廻り隊が素早く取り囲んだ。一人、住職の方に向かってくる。住職は素早く錫杖で、墓泥棒の足を引っ掛けた。転んだ墓泥棒に、長男がのし掛かる。


「良くやった、太郎。その者の靴を置いておけ」


 心得た、というように太郎が墓泥棒の靴を脱がした。一番近い墓の前に置く。


 翌日、捕縛された墓泥棒は一人を残して死んでいた。


 足が潰れたり、切り落とされてりしているのに「歩かないと、歩かないと……」と無い足を動かしながら、死んでいったという。


◆◆◆


 幸太郎は淡々と話す前住職の声と、話の内容に震え上がった。嗄れた前住職自体が恐ろしいのに、この話。もう、嫌だ。帰りたい。しかし、帰ろうにもまだ親は迎えにこない。


「成仏し損ねた仏さんは足がないからのお。罰当たりはそうなる。肝が冷えたか? まさに肝試し! 楽しかっただろう?」


 前住職の言葉に、俺はブンブンと首を横に振った。隣にいる、将司に徹、それから竜也も同じだった。裕太だけが不満そうな、つまらなそうな表情。言い出しっぺの裕太は、霊とか妖怪なんて信じてない。徹が霊はいると言い張るから、肝試しになった。


 親が迎えに来た。二度と肝試しを墓でしようなどと、罰当たりをするな。現住職が二度目の雷を落としてから、俺達を親に引き渡した。見つかった時も、現住職は恐ろしかった。罰だと言って、靴を置いていくように言われた。反省文を書いて、取りに来るように。親とそういう約束をしたらしい。


 帰り際、裕太の父親と母親が現住職とゴネていた。息子は悪い友達にそそのかされた。高価な、新品の靴を置いていけなんてとんでもない。裕太はしたり顔。あいつとは、あんまり遊びたく無いが沢山ゲームや漫画を持っているので仕方がない。


 今夜だってそうだ。夜に家を抜け出してこい。肝試しをするぞ、と命令。俺達が逆らわないのを分かっている。やれ、この墓の下には財宝があるから見てみろ。無縁仏に賽銭なんて、バカげているからお小遣いに貰おう。バチ当たりだと怯える俺達を「臆病者」呼ばわり。


 俺は親父に手を引かれて家に帰った。夜道、親父は無言だった。いつも温厚で優しい父の意外な威圧感。目に宿る怒りの感情。


「小学生が夜中に家を抜け出すな!」


 帰宅した俺は、父親の雷を食らった。怒鳴られたのは初めてだった。俺はワンワン泣いてしまった。母に助けを求めたが、母は首を横に振った。父の隣で仁王立ち。

 風呂に入らされ、眠いのに、反省文を書かされた。ベッドに寝かされた後、トイレに行きたくなって俺は部屋を出た。リビングで、父親と母親が話をしていた。


「幸太郎、大丈夫かしら? あそこのお寺、本当に出るらしいのよ。お風呂に念のため塩とお酒を入れておいたけど……」


「ワケあり供養寺らしいからな。ったく、幸太郎が爺さんの話をロクに聞かないからだ。彼岸花道の話とか、俺は未だに怖くてならない。まあ、住職さんにあれだけ怒られて萎れていたし、大丈夫と言われたから大丈夫だろう」


 彼岸花道?


 聞く前に、俺はまた父親と「早く寝ろ。朝一で謝りに行くぞ」とドヤされて自室に戻った。


 その晩、暑苦しくて中々眠れなかった。明け方、真っ赤な夢を見た。右も左も赤で、足元は黒に赤い点々。恐怖で起きたら明け方だった。


◆◆◆


——あんよ


——あんよ


——上手ねあんよ


——あんよ


——あんよ


——上手ねあんよ


——ほら見て


——大好きな彼岸花がまた咲いていく


——ややが喜ぶわ


◆◆◆


 翌日、早朝5時。俺は父親に叩き起こされた。寺までは、徒歩で行けるが眠いし疲れるので車が良い。そう、口にしたら、また怒られるので黙って父親と手を繋いで歩いた。片道二十分程度。学校までの道とそう変わらない。


 寺の近くになると、森になる。墓地は山を切り開いて作られた。昔はもっとおどろおどろしかったと、父親は自分も肝試しをしようとして、ゲンコツを食らった話をした。もうすぐ着く、橋の向こうから寺まで続く彼岸花が咲き誇る道で捕まったという。


 真っ赤な彼岸花道は、昨日の夜、とても恐ろしかった。昼間でさえ怖いので、俺達が裕太に「帰ろう」と最初に言ったのも彼岸花道でだ。裕太は「こんな草が怖いとかバカだなお前ら」と踏み潰していた。


「幸太郎、帰れ」


 父親が急に俺の目を隠した。なんだろう? 父親の大きな掌は震えていた。俺の体が反転させられた。


「走って帰れ。お父さんはやる事がある」


 背中を押され、振り返ろうとしたら、ゲンコツされた。


「振り向かないで帰れ!」


 震えた掠れ声の親父の怒声が恐ろしくて、俺は走り出した。


 その理由を、俺は直ぐに知ることになる。


◆◆◆


 小学生、車に轢かれて片足を失う。


 鈴木 裕太君は痛い、痛いと体を引きずっているところを発見された。事故現場から彼岸花道まで、大量出血。


 早朝の参拝者に発見され、失血死を免れた。


 轢き逃げ犯は見つかっていない。


◆◆◆


 車椅子になった裕太。お見舞いに行っても会いたくないと拒否された。一度、病院の廊下で裕太の母親に「貴方達が誘うからよ!」と大泣きされ、怒られた。鬼のように怖い、とはこのことだ。


 裕太は夏休みが終わる前に転校してしまったので、その後どうなったのか、俺達は知らない。


 絶対に祟りだと思った俺達は、二度と肝試しなんてしないと誓い合った。もちろん口に出したわけではない。心の中で、お互いにそう思っているだろうというだけ。中学生になった時、やはりあの墓で肝試しに誘われたが、俺達は揃って拒否した。それが、そういう意味だ。


 あれから俺は、墓では絶対に大人しくしている。礼儀作法についても読んだ。一度、墓で転んだ時は靴を置いていった。わざわざ、そんな事しなくてもと母に笑われたが無視した。


 父方の祖母から「墓に置いていくのは腕。代わりに袖」と聞いた時は、腹の底がギュッとなって、眠れなくなった。


 二十歳になった俺は、ホラーが大の苦手。


 時折、夢を見るからだ。


 黒い道に咲き誇る、紅色の花。真っ赤な花がユラユラと揺れる。その道の中央を、靴だけが道を歩いていく。びちゃ……、びちゃ……と水音を鳴らしながら。


——あんよ


——あんよ


——上手ねあんよ


 女性の笑い声と、赤ん坊のきゃっきゃっと笑う声がして、俺は飛び起きる。夏になると見るこの夢、徐々に回数が減ってきたので俺はホッとしている。


◆◆◆


 成人後、父親と呑んでいると、あの日の現場について教えてくれた。


「体を引きずった跡じゃなくて、真っ赤な足跡だった。轢かれた右足の分もあるんだ。それで、その周りに血が花みたいに咲いていた」


「それで、見るなって言ったのか……。親父、とんでもない現場に居合わせんだな」


「あの子、銭泥棒をしたらしい。あそこの無縁仏は女郎と水子供養だから、弔いの逆はしちゃいかん」


 てっきり靴を置いていかないで、帰ったからだと思っていた俺は、食べかけの唐揚げを机の上に落とした。


 あの夜、裕太は俺に「お前がもっておけ」と何かを渡そうとしていた。


 俺の右足がゾワゾワとして、背筋が冷えた。


◆◆◆

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