マウス/村田沙耶香



良かった。すごく。

小学校の時に出会った女の子二人が社会人になるまでの変化を描いた作品だ。


瀬里奈は自閉傾向を持つ女の子だと思う。教室は騒がしく彼女の神経をすり減らす。疲れてしまったり涙がこぼれるとき、瀬里奈はトイレに隠れて灰色の部屋に閉じこもる。


ある日律がトイレに立てこもった瀬里奈に「くるみ割り人形」を朗読して聴かせた時から瀬里奈に変化が訪れた。些細なことで泣かなくなったし、教室を飛び出すこともなくなった。マリーになりきることで、辛くても耐えられるのだという。


二人はその後大学生になって再会する。瀬里奈はモデルのようで、律は相変わらず目立たないように努力をしていた。律のバイトするファミレスに瀬里奈はご飯を食べに来た。時々二人は会うようになった。


マリーでないそのままの瀬里奈に会いたい。律は絵本を読まないで瀬里奈に外に出るように持ち掛ける。瀬里奈はだんだんとマリーなしで生きていけるようになった。


一般的に過剰適応と呼ばれる状態だったのだと思う。


瀬里奈はマリーになりきることで集団がから浮かずに受け入れられるようになった。でもそれはたぶん本当の瀬里奈ではなかったのだ。瀬里奈は律に促されて絵本を読まずに外に出て、苦手なバイトを辞めて自分に向いた仕事を探し始めた。

律も律で人に合わせすぎるところがあった。興味がない話題に必死について行った。服も目立たないものを選んでいた。律の努力を瀬里奈は無邪気に否定する。どうしてそんなことをするのかわからない。あるときふたりはそのことで喧嘩になる。


瀬里奈と律の友情の話。




「灰色の部屋なんてつまらない」

 と律に言われた時の瀬里奈。

「そうでしょうか?」

 灰色の部屋にじっとうずくまっていると壁と壁の隙間から光がさしてきて……


 温かくも寒くもない部屋にじっと閉じこもっていると安心できる。





 私も気持ちはわかる。私は頭の中の部屋ではなく例えばクローバーの草原だったり池の中の金魚の群れだったり、分厚い灰色の埃っぽいカーテンだったり、現実のかけらを眺めていると頭の中の雑音が取り払われて静かになる。


 誰もいない場所でじっと自分の膝のしゅわしゅわした傷跡や湿っぽい呼吸を数えていると安心できた。





 子供の頃の残酷さやきまぐれ、陽だまりのにおいとおひさま。

 ときどき小学校の友達はどんな大人になったのだろうか、とか考える。

 私たちの中の瀬里奈と律。


 私の中の瀬里奈と律。


 


 学級文庫に置いておくとよさそうな本だなぁと思う。

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