眼鏡っ娘は眼鏡に呑まれない

土御門 響

私と眼鏡

 私は惚けていた。

 なんて美しいのだろう。

 なんて、可愛いのだろう。

 ショーウィンドウから見える新作。


「……よし」


 幸い、私は今この店に入る名目がある。かばんの中には、眼科の処方箋。躊躇う必要など欠片もない。

 私は自動ドアを抜けて店の中に入る。

 すると、若い女性店員が営業スマイルで近付いてきた。


「いらっしゃいませ」

「すみません」


 私はショーウィンドウに飾られた新作を指して、満面の笑顔を向けた。


「あの眼鏡、ください」


 ***


 私は所謂、眼鏡っ娘だ。

 生まれつき目が悪くて、ど近眼。

 眼科に通って早十三年。目薬にも眼圧検査にも慣れ切っている。

 幼稚園入園前から眼鏡。ずっと、眼鏡。眼鏡がないと生きていけないレベルで、眼鏡っ娘だ。

 高校に進学する際、友達からこう言われたこともある。


「高校生になったらさ、コンタクトにしてみたら?」


 イメチェンしてみたら?

 そんな言葉を投げ掛けられると、私はハッキリとこう言う。


「私は一生、眼鏡で生きたいから」


 幼い頃から眼科に通い詰めている身としては、目の中に薬液以外のものを入れたくないのだ。

 コンタクトが単純に怖いという理由も大きいが、目はただでさえデリケート。できれば、負担の少ない眼鏡でいたい。

 買ったばかりの眼鏡を早速掛けて、私は翌日学校に向かった。


「おはよ」


 いつも通り教室に入ると、案の定友達が私の変化に気づいた。


「おはよ……って、眼鏡変えた?」

「うん。検査したら視力落ちてたし、あれ結構使っててヨレてたから新しくした」

「へぇ。けど、そのフレーム珍しいね」


 レンズの下の方にだけフレームがついていて、上部はレンズ剥き出し。


「アンダーリムって言うんだよ」

「へぇ」


 友達が感心したように頷いている。

 私は不意に目を見開いて、次いで剣呑に細めた。

 瞬時に体を屈めて姿勢を低くする。そして、背後に迫っていた足をしゃがんだ体勢のまま自分の足で薙ぎ払った。


「うおっ!?」


 間抜けな声を上げて尻餅をついたのは、幼馴染で剣道バカな男子。

 先程いきなり私がしゃがんだ訳は、此奴が竹刀を振り翳していたからだ。

 私は立ち上がって、苛立ちを顕に仁王立ちする。


「朝っぱらから何してるの?」


 普通なら大事だろうが、クラスの皆は無反応である。それもそのはず、私と此奴の低次元な戦いは幼稚園の頃から続いているためだ。


「くそっ、眼鏡を変えて度が些か合っていない隙を突けばと思ったのに……!」

「フン。お気の毒様。私の眼鏡適応力を舐めないでくれる?」


 半日も掛けていれば慣れるのよ。

 そんな私の言葉を聞くと、悔しげに歯噛みした。


「いつになったら一本取れるんだ……」

「無理よ。私から一本なんて」


 最初は、私の眼鏡を無理矢理外そうとしてきたのがきっかけだった。

 それが月日を経た結果、私から一本取るという謎の目的にすりかわり、今日まで仁義なき戦いは続いてきている。


「次、次こそ……!」


 闘志を燃やす幼馴染に、私は溜息を吐いて踵を返した。

 もうすぐホームルームである。席に着かねば。

 席に着いて、好きな文庫本を広げると先程の身のこなしは嘘のように、文学少女へ早変わりだ。

 本来なら、こういった姿が眼鏡っ娘らしいのだろう。

 だが、私は違う。

 眼鏡の持つイメージに呑まれてなるものか。

 眼鏡が本体なんて、絶対に誰にも言わせない。

 私の人生における目標。眼鏡に呑まれない人でいる。

 こう考えている私も、結構阿呆かもしれない。

 でも、いいのだ。

 自分を持つというのは、大切なことだと思うから。

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眼鏡っ娘は眼鏡に呑まれない 土御門 響 @hibiku1017_scarlet

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